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目の前の恋愛より、もっと綺麗で圧倒的なもの 彩瀬まるさんが小学四年で出会った音楽・小松未歩「謎?」

 小学四年生の時、初めて自分で選んだCDアルバムを親に買ってもらった。

 小松未歩の『謎?』だった。なぜそれを選んだのかは思い出せない。表題曲の「謎」は、アニメ「名探偵コナン」の当時のオープニング曲だったが、それを理由に選んだわけではなかった気がする。

 カラフルな色鉛筆の束を芯の方向から眺めたようなジャケットの写真が、なんとなくかわいく感じられて好きだった。帰宅し、ビニール包装を剥がしてケースを開けると、赤茶色のディスクには黒い穴のようなものが印刷されていた。歌詞カードにも同様の黒い穴が描かれていて、ほんのりと煙が立ち上っている。まるで火のついた煙草でも近づけて、そうっと焼いて穴を開けたみたいなデザインだ。改めてジャケットを見直すと、色鉛筆のうちの一本の芯が黒い空洞で、そこから煙が上っているのに気づく。ジャケット、歌詞カード、ディスク本体を貫通して、黒い穴が空いている。おしゃれだなー! よくわかんなくて大人っぽいなー! と、おやつといえば菓子鉢いっぱいの落花生だった、千葉の団地住まいの小学四年生はびっくりした。

 父親から譲ってもらったプレーヤーにディスクを入れて、歌詞カードを見ながら一生懸命聴いた。親が好きな音楽を一緒に聴くことはあっても、自分が選んだ自分だけの音楽はとても特別だった。

 ものすごい集中力だった。朝は学校に行く前に聴いて、夜も寝る前に聴いていた。

 あんなに集中して、あの小学四年生はいったいなにを聴いていたのだろう、とたまに思う。
 というのも、記憶に漠然と残る「子供の頃に聴いていた小松未歩の曲のイメージ」と、大人になってから聴き直した「小松未歩の曲」はずいぶん印象が違うのだ。

 子供の頃に持っていたイメージは「一人の大人が、心細い気持ちで暮らしていて、でもすごく周りの世界がキラキラしてるから大丈夫」みたいな感じだった。だけど大人になってたまたま『謎?』歌詞カードを開き、驚いた。愛、愛、愛……え、ラブソング? あの曲もこの曲も、ラブソングだったのか!

 小学四年生の私は、こんなにたくさん歌詞に「愛」の字が入っているのに、それが恋愛に関する曲だとまったく読み取れていなかった。

 でも、熱狂していた。正確な歌詞とは違うものを、食い入るように聴いていた。
 アルバムで、一番好きだったのは五曲目の「輝ける星」だった。毎晩毎晩リピートをかけて、歌の世界に漂うような心地よさとともに眠った。

 ある日なにげなくテレビのチャンネルを変えたら、アニメ「忍ペンまん丸」のエンディング映像が映った。そのアニメは観ていなかったが、エンディングテーマに聞き覚えのある「輝ける星」が流れ、驚いてザッピングの手を止めた。子供を思わせる頭身のキャラクターたちが、夜の世界を駆けている。夜空を彩る幾千もの星がうねり、こぼれ、あふれ出し、その巨大なエネルギーに翻弄されながらも、子供たちは自在に遊び続ける。そんなイメージの映像だった。

 ああこれだあ、とすごく腑に落ちたのを覚えている。サビの、星があふれるようにばーっと綺麗なものが広がって、なのにとめどなくて寂しい感じが好きだったんだ、と小学四年生の私は「忍ペンまん丸」のエンディング映像を作った見ず知らずの大人に感謝した。言語化できない感覚を、説明してもらった気分だった。

 たぶん小学四年生には、性別も、社会も、時間の概念も、まだなにもなかったのだ。自分を取り巻くなにもかも大きく見える、喜怒哀楽が増幅されたコントラストの強い世界にいた。あのエンディング映像は、そんな子供の身体感覚をよく表していた。

 そしてそんな子供の耳に、小松未歩の曲はたまらなく綺麗なものとして響いた。今、あえて言語化するなら、世界は寂しいけれど綺麗なものもある、信じていい、と訴えてくれるような親密な感じがした。歌詞の意味が理解出来てしまう年齢で出会ったら、優れたラブソングだと感じても、こういうセンシティブな受け取り方は出来なかったと思う。

 中学に入り、カラオケで「輝ける星」を歌ったとき、歌詞通りのラブソングとして受け取った友人たちから「好きなあの子を思って歌ってるんでしょう!」とはやされて、すごく悔しかった。そうじゃないんだ、目の前の恋愛より、もっともっと綺麗で圧倒的なものをこの曲から感じたことがあったんだ。そんな説明を出来るはずもなく、私は曖昧にお茶を濁し、次に歌う友人にマイクを渡した。

 小松未歩の曲を聞くたび、自分の世界が狭く、不正確で、色彩の洪水みたいだった頃の感覚を思い出す。歌詞すらまともに読めていなかったけれど、あれはあれで、正しい聴き方だったように思うのだ。