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みやこしあきこさんの絵本「もりのおくのおちゃかいへ」 ファンタジーだからこそリアリティーのある絵を

文:加治佐志津、写真:有村蓮

始まりは、雪の森をひとり歩く女の子の絵

――『よるのかえりみち』で、ボローニャ・ラガッツィ賞特別賞とニューヨークタイムズ・ニューヨーク公共図書館絵本賞を受賞、昨年はパリでも個展が開催されるなど、海外でも高い評価を受けているみやこしあきこさん。女の子が雪の森で不思議な館に迷い込むファンタジー『もりのおくのおちゃかいへ』は、デビュー作『たいふうがくる』より前から手がけていた作品だという。

 『もりのおくのおちゃかいへ』は、友人に紹介してもらった編集者さんとやりとりしながら、4年近くかけて作りました。編集者さんからアドバイスをいただきつつ、絵や話の流れを何度もブラッシュアップして、少しずつ育てていった感じ。縮小版のダミー本は今、手元に16冊ありますが、実際はもっと作ったと思います。おかげで自分でも納得できる作品に仕上がりました。

構図や話の流れなどを何度も検討。タイトルや主人公の女の子の名前も変わっていった
構図や話の流れなどを何度も検討。タイトルや主人公の女の子の名前も変わっていった

 絵本を作るときは毎回、もととなる絵があって、そこからアイデアが広がっていきます。『もりのおくのおちゃかいへ』の場合は、雪の森の中を女の子がひとり歩いているシーン。最初にその絵を描いたときから、画材は木炭と鉛筆でと決めていました。木炭は、鉛筆よりも強い黒を描けるし、こすると独特のふわっとした風合いもあって、いろんな表情が出せるんですよね。色はそれほど必要だと思わなかったので、着色はポイントとなるところだけに留めました。

 お話の序盤で、主人公の女の子がお父さんの後ろ姿を追いかけていったら、お父さんじゃなかった、というシーンがあるんですが、これは私自身が4、5歳の頃に体験したことなんです。私、しょっちゅう迷子になってしまう子で……お父さんだと思って手をつないだら、全然違う人だったので、びっくりしてしまって。大人になった今でもときどき、違う会議室のドアを開けてしまったりとか、場違いなところに突然紛れ込んでしまったりして、「なんだこの人?」みたいな雰囲気になることが結構あるんですよ(苦笑)。

 動物たちが一斉にこちらを向くシーンは、そんな経験の中で味わった驚きや不安、緊張感が描けたような気がして、自分自身でも特に気に入っています。

『もりのおくのおちゃかいへ』(偕成社)より
『もりのおくのおちゃかいへ』(偕成社)より

―― 『もりのおくのおちゃかいへ』の見返しには、蝶ネクタイや手袋、フォーク、ハンガーなど、さまざまな雑貨が丁寧に描かれている。

 お話の中に登場する家具や調度品、動物たちが着ている服なども、ひとつひとつディテールにこだわって描きました。かわいいお皿やおいしそうなケーキは、見るのも描くのもすごく楽しいですし、何よりファンタジーだからこそ、隅々まで細やかに作り込んでいくことが大事だなと思っていて。本当にそんな世界があるんじゃないかと感じてもらえるような、リアリティのある絵を描いていきたいと思っています。

 『もりのおくのおちゃかいへ』の主人公は、現実から不思議な世界に入り込んで、最後はまた現実に戻ってきますが、私自身は小さい頃、夢と現実の境目が曖昧というか、自在に行き来できてしまうようなところがあったんです。たとえば、トイレに飾ってある絵の風景の中に行ったことがあるような気がしていたりとか。兄と二人だけで初めてスイミング教室に行ったときは、2分で着くような場所だったのに、ものすごく遠くまで歩いたような記憶があって……。そういう子ども時代の不思議な体験も、今の絵本作りに反映されていると思います。

世界中で見てきた景色や思いを詰め込んで

―― 大の旅好きで、「常に次の旅の予定を考えている」という。小さなホテルで働く“ぼく”の旅への思いを綴った新作『ぼくのたび』には、自身がこれまで世界中で見てきた風景や忘れがたい体験を、美しいリトグラフ(※)で幻想的に描き込んだ。

 大学生の頃から、バックパックを背負って一人でヨーロッパ旅行に出かけたりしていました。ここ数年だと特にインドが気に入って、いろんな地域に連続して行きましたね。山登りが好きな夫と一緒に行ったヒマラヤでは、標高5000メートルぐらいのところで高山病になって、ふらふらになりましたが、同じ地球とは思えないほどの光景を目の当たりにすることができました。

 旅をする理由は単純に、違う世界を見てみたいから。個展にもよく旅がテーマのタブローを出していたので、いつか旅の絵本を作りたいと思っていたんです。『ぼくのたび』では、小さなホテルで働く主人公の夢の旅を描くことで、私自身が子どもの頃から抱いていた、遠くの知らない世界への憧れを表現しました。

『ぼくのたび』(ブロンズ新社)より
『ぼくのたび』(ブロンズ新社)より

 海辺のシーンやガーデンパーティーの様子など、絵本の中に登場する絵の多くは、旅行中に体験したことをもとに描いています。入れたい絵がありすぎて全部は入りきらなかったので、壁一面に何枚も絵ハガキが貼られている場面に入れ込みました。

 リトグラフは5年ほど前から始めたんですが、色の重なりがすごくきれいで、手書きでは出せない風合いがあるのが魅力です。この絵本のもととなった一枚は表紙の絵なんですが、それをリトグラフで描いていたので、今回はオールリトグラフで制作してみました。完成まで3年近くかかりましたが、自分の作りたい世界観をしっかり表現できたと実感しています。

※リトグラフ=水と油が反発する性質を利用した版画技法。平らな版面に油分の強い画材で直接描いたあと、上から薬品を塗って化学変化を起こすことで版を作り、プレス機で紙に写し取る。

『ぼくのたび』(ブロンズ新社)より
『ぼくのたび』(ブロンズ新社)より

―― 美大の予備校に通っていた頃、みやこしさんのそれまでの絵本観を覆す一冊の絵本との出合いがあった。

 本屋さんで偶然、ユリー・シュルヴィッツの『よあけ』を見かけて、手に取ってみたんです。それまで絵本は子どものためのものと思っていたのですが、『よあけ』を見て覆されました。絵と文が互いに引き立て合いながら、ページをめくることでストーリーが展開されていくのは、まさに絵本ならでは。絵だけでも文だけでも、映像でもできない表現がそこにはあって、一気に魅了されたんです。

 私もそんな絵本ならではの表現で、自分の思い描く世界を存分に作り込んでいきたいと思っています。

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