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残酷と甘美が溶け合う切なさ

東直子が薦める文庫この新刊!

  1. 『琥珀(こはく)のまたたき』 小川洋子著 講談社文庫 734円
  2. 『バージンパンケーキ国分寺』 雪舟えま著 集英社文庫 637円
  3. 『橋本治のかけこみ人生相談』 橋本治著 幻冬舎文庫 583円

 まだ言葉も知らない小さな子どもが、じっとなにかを見つめている。世界は一体どういうことなのか、懸命に見定めているようである。(1)は、あの真剣なまなざしを思い出させる。末娘の死をきっかけに、「ママ」によって家の中に幽閉される三人の姉弟は、本来の名を失い、オパール、琥珀(こはく)、瑪瑙(めのう)という石の名を与えられてひっそりと暮らす。彼らは家の中で多種多様な図鑑をめくり、活用することで「世界」を探る。物や事象を客観的に知り、主観的に感じ取り、記憶に刻む。小さな子どもが、現実をじっと見入ることの代わりに。限られた世界に生きる残酷さと甘美さが溶け合って一瞬ごとに放つ光が切ない。巧緻(こうち)な文章によって見えないものを見、聞こえない音を聞き取ることの喜びをたっぷりと味わえる。

 (2)は、くもりの日だけ行くことのできる不思議なパンケーキ屋が舞台。パンケーキの「レインボー・エナジー・ソース」「プライベート・プラネット」、登場人物の「陽炎子(かげろうこ)」「リトフェットとロイリチカ」などのネーミングセンスに痺(しび)れる。幼なじみと親友と三人でつきあおうと持ちかける女子高生など、人間関係のゆらぎは示唆深く、「バージン」などの言葉のイメージを新鮮に解いてくれる。一人一人の願いは違っても、それぞれの過去、希求する幸福の先は、快い驚きに満ちている。

 (3)も、人生相談の形で幸福とはなにかを深く考えさせられる。「理由もなく会社がつらい」という若者に対し「『自分の幸福』を考えたっていいんですよ」と伝え、中卒であることを悩んでいる中年男性には「『コンプレックスで胸が張れない』のではなく『胸を張らないからコンプレックスにつぶされる』」と言い換える。これらの言葉は、無意識に固定化された概念の奥にある心の芯に届き、なぜそう思うのか、感じるのかという、この世を生きるための根源的な問いとして響く。

 作者は先日急逝された。残念でならない。悲しみをかみ締めつつ何度も読み返すことだろう。=朝日新聞2019年2月9日掲載