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出版不況?「だったら自分で売るしかない」 開高賞作家・川内有緒さん、著書を携え東へ西へ

文:和田靜香 写真:松嶋愛

 その本の導入、いわきで初めて会った志賀忠重さんに「一歩を踏み出したら、それが冒険なんでねえの? 川内さんはもう冒険をしてんだよ」と言われ、川内さんが涙を流す場面がある。38才で超のつくエリート職である国連の仕事を辞し、フリーの物書きになった川内さんは人生それ自体が冒険のよう。これまでもバウルと呼ばれる幻の歌を探してガンジス河を転々とし、本に記したりもした。そして、蔡さんと志賀さんたちにめぐり逢い、取材をし、この本を書くこともまた冒険であったし、実は本を完成した今も、彼女は盛大に冒険を続けている。

 それは、『空をゆく巨人』を売ることだ。

 残念ながら今、本はなかなか売れない。出版業界の仲間たちが集まればそうした話題になり、ブルーなため息をついて、宙を見つめる。だから川内さんは思った。

 「だったら自分でやるしかない!」

受賞作「空をゆく巨人」をネットで全文公開

 川内さんが最初にやったのは、本の全文公開。「開高健ノンフィクション賞」の贈賞式が都内で行われる2018年11月16日の朝6時30分、発売前の受賞作『空をゆく巨人』の全文を、ウェブサービス「note」での自身のブログにアップしていくことを宣言し、プロローグからさっそく公開を始めた。そこに川内さんが添えたのは「もしかしたら、ウェブが現代の立ち読みなのかもしれない、紙の上ではなくとも昔のような本との出会いがあるかもしれないと思うようになりました」という言葉。子どもの頃に自分が通った本屋さんで立ち読みをしたように、ウェブで立ち読みをしてほしいと書いた。

 「全文公開をしようというのは、『出版チーム』と私が呼んでいる担当編集者さんやPRの方、出版社の宣伝部の方など4人からの提案でしたが、そこには遡る背景があるんです。本の帯をスタジオジブリの鈴木敏夫さんが書いてくださったんですが、鈴木さんが書いたものは通常の帯の文よりはるかに長くて、300字ぐらいあった。しかも、鈴木さんは私を小さい頃から知っているから、個人的なメッセージのような文だったんです。それを読んだ担当編集さんは最初は絶句していたんですが、鈴木さんのところへ訪ねたときに『今は一人称の時代だ。誰かが絶賛してるからと言って買うものじゃない。個人と個人の関係が大事で、それを表現すべき。出版界も本が売れない時代なのだから、何か新しいことをやらないと売れないだろう』と言われたらしいんです。私はちょうど旅行中で、その場にはいなかったので詳しく聞いてはないのですが」

 帯はほぼそのまま使われることになり、さらに鈴木さんの話に触発された出版チームが「発売前の全文公開」というアイディアを思いつき、川内さんに打診があった。彼女は「読んでもらえる。いいじゃん」と即答した。

 11月16日から始まった全文公開は本の発売日である26日をはさみ、11月30日にエピローグをアップして、本当に丸々一冊が公開された。実はそれは今も続いていて、川内さんのnoteへ行けば、読むことができる(2019年3月31日まで)。

 「この本の主人公は蔡さんという、最初は日本語もあまり話せなかった中国人の男性と、志賀さんという日本人の男性の30年に渡る友情の物語。ふたりは国境を超えて友情を育み、蔡さんは日中関係が難しかった時代にも日本を訪れ、作品を作り、日本はそんな彼を評価していた。それに比べて今は本当に嫌な時代でしょう? 差別やヘイトが横行し、社会に対する理解や寛容性が失われている。自分たちの殻に閉じこもっている社会に風を送りたいと思って書いたこの本を、ノンフィクションという狭い枠の中に閉じ込めておかないで、多くの人に読んでもらいたいと思ったんです」

発売日に合わせ「ティーパーティー」

 本を売りたい。それもあるけれど、とにかく読んでもらいたい!という強い思いが背中を押した。これだけでも挑戦だが、まだまだ序の口、挨拶にすぎない。川内さんはどんどん動き、次に自らが発案した「ティーパーティー」を発売日に合わせて行った。

「アリオのティーパーティー」で記念撮影(川内さん提供)
「アリオのティーパーティー」で記念撮影(川内さん提供)

 「ただ本を買ってください、プロモーションですというイベントではなく、来た人みんなが楽しめ、作家と読者の垣根を取っ払って友達になれるようなイベントをやってみたいと思いました。それで『アリオのティーパーティー』というのを発売に合わせて3日間開いたんです。2部構成にして前半はお茶を飲んで、みんなでおしゃべりをする。その場に居合わせる人同士が話すことに意味があるんじゃないか?って。後半はトークショー。本に出てくる志賀さんなど3人をお呼びして語ってもらった。『壁を壊す』というテーマで、布を使ったインスタレーション作品も作りました。友人のアーティストたちにお願いし、イベントの最後にみんなで布をびりびりに引き裂いてね。参加型アートですごい盛り上がり、美しい作品になりました。さらに本にも登場する私が子ども時代に所属していた合唱団が、再結成して歌ったりもしたんです。でも、こういうことは出版社からお金を出してもらってやることは出来ないので、自腹で支払いました」

 あっさり言うが、かかった費用はトータルで約30万円! 会場レンタル代、椅子のレンタル代、トークショーのゲストやインスタレーションをしたアーティストへのギャラ、さらにお茶に添えるお菓子として、パカッと割るとメッセージが出てくるフォーチュンクッキーをパティシエに頼んで作った代金もある。

 「アイディアが次々浮かんでしまい、やりたくなった。ふだんは地味に書いてるだけ、こんなときぐらいは!とね。それで私の目標はその30万円を、本をいっぱい売って回収することでした。それしか方法がないから『500冊売りたいです』と出版社に話すと、ぶったまげられ、『500冊なんて絶対に売れないから、そんなの考えない方がいい。それをアテにするならパーティーなんてやらない方がいいです』って最初言われたんです。私は『私自身がやりたいんだから、大丈夫です!』と反論し、話し合いを重ねていったら段々理解してくれて事前重版もかかり、頼んだ500冊も用意してくれました。当日はチラシを作ってくれたり、本を売るのを手伝ってくれたり、一緒にやることができました」

 結果、そのティーパーティーだけで456冊が売れた。

 「参加してくれた人たちも、協力してあげないといけないんじゃないか?って雰囲気になっていたのかもしれません。実は1人で100冊買ってくれた人もいたんです。ただ本を買いに来て!というだけじゃなく、イベントとして楽しんで参加してもらうということが主体で、本はその代価のような意味になったのかもしれません」

神出鬼没のトークイベント

 さて、作家といえば今やトークイベントが出版にあわせてよく行われるが、川内さんの場合は都内はもちろん、本の舞台となったいわき市や、本に登場する冒険家の大場満郎の故郷・山形などなど日本各地で広く行う。フットワークが実にいい。いわきでは小中学校の体育館で講演をしたり、2月末には大阪の「梅田蔦屋書店」でトークイベントが、3月には山形・蔵王の「シベールアリーナ」で数百人を前に大場さんと語る予定だ。

代官山蔦屋でのトークイベント(川内さん提供)
代官山蔦屋でのトークイベント(川内さん提供)

 「2月22日に神奈川県鎌倉市にある『ポルべニールブックストア』という去年の10月にオープンしたばかりの書店で、中岡祐介さんと話しました。中岡さんは三輪舎というひとり出版社を営んでいて、”どうやって本が作られ、届けられるか”を校正者や装丁家、取次の人などが原稿に書いてまとめた『本を贈る』という素敵な本を作ってる方です。そういうトークイベントを『やりませんか?』って本屋さんの方から声を掛けてもらえたんです。最初は自分から働きかけてブッキングをしていたんですけど、『私やります!』とワアワア言ってると、『うちでもやりたいです』という人が次々に出てきてくれる。何も言わないでいたら『この作家はそういうことに積極的かどうか』なんて分からないでしょう? そこで『どんどん連絡下さい』と言ってると、連絡してきてくれる人が出てくるんです」

 ワアワア言うという表現が面白いが、川内さんは主にツイッターを使ってワアワア叫んでいる。

 「私のフォロワーは3000人ぐらいしかいないから大したことないけど、それでも集まる。集まらなくても気にしないのがポイントで、誰にも声掛けられなかったとか思ってしょげてたらダメ。何回か叫んでおけばいいや!って、そういう感じです。でも、そうやって叫んでいたのを読んで、こうして和田さんも取材に来てくれたじゃない?」

 確かに。私もワアワアを読んで、なんだかこれは面白い事になってるな?と思って連絡をし、こうして取材に伺った。その傍らで川内さんは本の手売りを続け、イベント時を含めてこれまで660冊を売ったという。でも、どうしてそこまで? 出版社はなんて言ってるんですか?

 「出版チームは最初、戸惑ってる様子もありましたが、今はこうして少しずつでも売れているのだからと、温かく見守って応援してくれています。自分で本を売るのは、別に自分が有名になりたいとかじゃないです。私たちの場合は本の売り上げが生活に直結しているでしょう? 特に私は書き下ろしのノンフィクションをやっているから、本が売れないと生活が破たんする。書きたいものも書けなくなる。本は別に売れなくてもいいです、なんてスタンスではいられない。売れない=死ぐらいの感じです。アッハハハハハ……笑いながらも本当にそうなんです。それに、この本が売れたらノンフィクションって何だろう?と興味を抱くきっかけになるかもしれない。ノンフィクションのために何かできるかもしれない?という思いもあります」

ついには「手売りキャンペーン」

 そして今、川内さんは「手売りキャンペーン」を絶賛実施中だ。これ、文字通りに人から人への直接販売で、彼女の友人たちがどんどん本を売って拡げている。

 「12月に、ある友達が『私、本て売ったことないから、売ってみたい。10冊、私に託してくれない?』と言って家に来たんです。そのとき友達を一人連れてきて『この人が一冊買うと言ってるから、もう、一冊売れたよ。よかったね』って言って、翌々日ぐらいには『10冊売れたからもう10冊ちょうだい』って来て、これまでに30冊も売ってくれました。どうやって売ってるの?と聞くと、『今、みんな本は読まないから、この本を読んでって言っても誰も買ってくれないのよ。だから、ねえ、すごい人がいるから一緒に応援しない?って言うのよ』って。応援するなら1800円の本も買う。しかも『私から買った人には全員、感想をSNSでアップするのを条件にしてるの』なんて高いハードルまで設けてるんだけど、それもみんな楽しんで感想を書いてくれてる。彼女は『99冊売るまでやります』って宣言してくれていて、それもまたツイッターなどに書いてワアワアしていたら、福岡の読者さん、沖縄の書店さんや岡山のブックカフェから『サイン本が欲しいから10冊送ってください』と連絡が来たりね。手売り専用の段ボール箱まで買っちゃって、自分の儲けはありません。でも、面白くてやっています」

 これって本を買う(売る)~読む~伝えることが一つのイベントになっているんじゃないか? 今は参加型イベントが人気で、みんなでワイワイ楽しむことを人は求めている。前述のティーパーティーが成功したのも、そういうことだろう。ただ本を家で静かに読むのは興味ないけど、応援するために本を買って読んで感想書いて思いを共有すれば、それは参加型イベントになる。さらに鈴木敏夫さんの言う「個人と個人の関係が大事」という言葉も体現している。ずぶの素人が新しい形の「本を売るビジネス・モデル」を切り拓いてるようで、なんて面白いんだろうか! 

 川内さんの話を聞いていると私も物を書く人間の一人として、こりゃ一丁応援しなきゃ!という気になってくる。『空をゆく巨人』の中では、蔡さんの思いのエネルギーに志賀さんやいわきの人たちが引き寄せられ、それがやがて大きな芸術作品になって世界中を感動させていく様に、私も川内さんが本にかけるエネルギーに引き寄せられ、何か新しい出版の可能性を拓いていけないか?なんてことさえ思う。いや、本当に。川内さんが今トライしていることは本を作り、それを届けることで拓ける新しい世界だ。閉塞感に満ちた出版の世界に風穴を開ける、とてつもない挑戦だ。私の耳にはNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」とか、TBSの「情熱大陸」のテーマ曲が流れてきてる。えっと、そのときは隅っこに出演させてください!

 作家は本を書く。そして、売る。作家の表現が広がっていく新しい奇跡が今、始まっている。