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自分中心的なのが人間だけど… 朝日新聞読書面書評から

その部屋のなかで最も賢い人 洞察力を鍛えるための社会心理学 著者:トーマス・ギロビッチ 出版社:青土社 ジャンル:経営・ビジネス

価格:2376円
ISBN: 9784791771325
発売⽇: 2018/12/22
サイズ: 19cm/364,12p

「賢い人」はどのようにして、正しく判断しているのだろうか? 社会心理学の第一人者らが、人間の認識と行動に見られる基本的なパターンを紹介したうえで、個人や社会が直面する問題…

評者:野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月16日

その部屋のなかで最も賢い人 洞察力を鍛えるための社会心理学 [著]トーマス・ギロビッチ、リー・ロス

 本書には生活や仕事、あるいは集団の活動や政治などに役立つ社会心理学の知見が満載であり、実用書として読むこともできる。とはいえ、たんにアドバイスを並べてあるだけではなく、それを支える議論や実験もきちんと紹介されているので、学問的な楽しみも十分にある。豊富な話題の中から、一例を紹介しよう。
 ピーク・エンド法則というものがある。過去の体験を思い出すとき、記憶はその体験の最高の瞬間と最後のあり方に支配されるというのである。「終わりよければすべてよし」というわけだ。
 それで、麻酔をかけずに行う結腸内視鏡検査は、とくに最後の結腸内の奥に挿入されたときがすごく痛いらしい。だから、5年後の再検査は半分程度の人たちしか受けないという。そこで社会心理学者が病院で一つの実験を試みた。一番痛いところで引き抜くんじゃなくて、ほぼ最後まで抜いたところで、少しの間そこに留まらせてから引き抜く。そうすると強い痛みが最後になることはない。その結果、なんと再検査率が70パーセントに上ったのだそうだ。だけどさ、引き抜くのを遅くした分、不快感は長引くんですよ。それでも、弱い痛みを最後にもってくることで全体の苦痛の印象がより軽いものになった。
 と、本書には書いてあるのですがね、でも、ピーク・エンド法則でしょう? ピークの方はどうなの? ピークの痛みはそう簡単には消えないんじゃないの? ピークよりエンドの方が記憶に残りやすいってこと? じゃあ、コース料理でメインがすごくてもデザートがいまいちだと全体がいまいちとして記憶されるってことかね。そのあたりのことは書いてないけれど、どうも釈然としない。
 へそ曲がりな私は、本書のところどころでこんなふうに突っ込みたくもなるのだが、しかし、本書を読めば誰もが納得せざるをえないことがある。人間てやつは実に出来が悪いのだ。ものごとを客観的に捉えて冷静に判断することができない。朝三暮四に騙される猿と大差なく、自分中心的で、思い込みに囚われる。しかもそんなバイアスのかかった判断を客観的だと思ってしまう。本書にはそんな話題がてんこ盛りである。
 では逆に、「賢い人」とはどういう人のことか。こうした人間の不出来さのすべてを免れた非人間的な存在のことではないだろう。われわれ人間が、そして自分自身がいかにポンコツであるかを自覚し、そのことを熟知した上で行動できる人、それが最も賢い人なのだ。本書はきっとそのための強力な道案内になる。だけど、私に関して言えば、一度読んだくらいじゃどうにもならんだろうなあ。
    ◇
 Thomas Gilovich 米コーネル大教授。著書に『人間この信じやすきもの』など。Lee Ross 米スタンフォード大教授。同大の対立・交渉センター共同創設者。ともに専門は心理学。