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恐怖へのとば口、すぐそばに “不思議に触れた少年”たちの物語4編

文:朝宮運河

 『心霊電流(上・下)』(文藝春秋)は、このところミステリ方面での活躍が目立っていた恐怖の帝王、スティーヴン・キングが久しぶりに放った本格ホラー長編である。しかも怪奇小説の古典として名高いメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』、アーサー・マッケンの『パンの大神』にインスパイアされた小説と聞いては、読まずにはいられない。
 物語は主人公ジェイミー・モートンが暮らす田舎町に、ジェイコブスという牧師が赴任してくるところから幕を開ける。電気工作が趣味で、人間的魅力にあふれた新任牧師とジェイミーはすぐに仲良くなる。しかし不幸な事故が起こり、ジェイコブスの家族が急死。信仰を捨てた牧師は、悲嘆に暮れて町を去ってゆく。
 それから数十年後、プロのミュージシャンとなったジェイミーは、運命の糸に導かれるようにジェイコブスと再会。元牧師はお得意の電気技術を駆使して、行く先々で奇跡を起こしていた。その目的は何なのか。拍手喝采を浴びるジェイコブスの姿に、ジェイミーは言いようのない不安を覚える。
 1960年代初頭から現代まで、約半世紀にわたるジェイミーの回想を、キングは生彩に富んだエピソードとともに描ききる。アラウンド古希を迎えても、そのパワフルな語り口は健在。少年時代の初恋、仕事での挫折と再出発、家族との辛い別れなど、ぐっと胸に迫るシーンが満載で、500ページ超の長さがまったく苦にならない。
 そしてクライマックスに待ち受ける恐怖の臨界点。いかにもホラー然とした展開そのものより、ジェイコブスを突き動かしている絶望の深さが怖ろしい。彼と同じ境遇に置かれて、正気でいられる人がどれだけいるか。“人生のままならなさ”をこれでもかと突きつける『心霊電流』は、数あるキングのホラーでもひときわ後味が悪く、哀しい小説なのだ。

 『諸星大二郎劇場 第2集 オリオンラジオの夜』(小学館)は、漫画界の鬼才による連作短編集。
 この物語で異界と現世を結びつけるのは、電流ならぬラジオの電波である。晴れた冬の夜にだけ聞こえる不思議なオリオンラジオから流れてくるのは、遠くに行ってしまった大切な人の消息と、「サウンド・オブ・サイレンス」「悲しき天使」など時代を彩ったヒットナンバー。深夜放送で洋楽に目覚めた世代には、感涙もののエピソードが並んでいる。
 個人的には学生運動、空飛ぶ円盤、スプーン曲げと昭和40年代的なトピックを散りばめた「ホテル・カリフォルニア」が印象深い。歌詞に漂うそこはかとない不気味さを、巧みにストーリーに取り入れた珠玉作だ。独特のタッチで再現された昭和の街並みとともに、ノスタルジックで奇妙な物語をご堪能あれ。

 『周五郎少年文庫 木乃伊屋敷の秘密 怪奇小説集』(新潮文庫)は、山本周五郎が戦前に執筆した少年小説をまとめたシリーズの一冊。
 日本人少年・凡太郎が探偵助手を務めるその名も「シャーロック・ホームズ」(!)を筆頭に、歩きまわるミイラ男の怪を描いた表題作、テーマ的に『心霊電流』と響き合う「甦える死骸」、現代に河童が現れる「水中の怪人」など、B級映画テイストの珍品怪奇ミステリが13編。
 怪奇現象の大半が合理的に解かれてしまうのはホラーファンとしてやや淋しいが、名作『樅ノ木は残った』の著者がこんな作品も書いていたとは驚き。少年小説のみならず、国産ホラーの系譜を辿るうえでも見逃せない貴重なアンソロジーだ。

 『天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞』(角川ソフィア文庫)は、昨年SNSで紹介されたのをきっかけに、異例のヒットを記録している平田篤胤『仙境異聞』の現代語訳バージョン。
 文政年間(江戸後期)、天狗にさらわれたと主張して巷の話題をさらった少年・寅吉の証言を、国学者である平田篤胤が克明に書き記した、幻想文学ファン必携の奇書である。
 愛宕山に住む杉山僧正(4000歳近い大天狗だという)に連れられ、日本各地の霊山をめぐったという寅吉の言葉を、素直に受け入れるのはなかなか難しい。当時でも事情は同じだったらしく、ビリーバー代表の篤胤と懐疑派との間で感情的な対立が起こっている。稀代のトリックスターに振り回された大人たちのドキュメントとしても、興趣の尽きない一冊だろう。

 なお今月紹介した4作はいずれも、“不思議に触れた少年の物語”でもある。その結果何が起こり、少年たちの心はどう変化したか。そうした視点から読み比べてみるのも面白いはずだ。