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作家たちが語る小説指南と半生

池上冬樹が薦める文庫この新刊!

  1. 『探偵は女手ひとつ シングルマザー探偵の事件日誌』 深町秋生著 光文社文庫 670円
  2. 『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』
  3. 『遠い昨日、近い昔』 森村誠一著 角川文庫 734円

 (1)は、山形を舞台にした女性私立探偵小説。ヒロインの椎名留美をはじめみなズーズー弁で、ほとんど喜劇かと見紛(みまご)うけれど、コミカルな味わいを醸しながらも人生の苦難をさらりとあぶりだす。6編収録されているが、後半の3作(老人の家に通う女の目的を探す「碧〈あお〉い育成」、消えたキャバクラ嬢の行方を追う「黒い夜会」、ストーカー被害の捩〈ね〉じれた真相を摑〈つか〉みだす「苦い制裁」)が特に捻(ひね)りがあって変化にとむ。探偵とはいえ実質的には便利屋で、さくらんぼ農家の手伝い、スーパーの保安員、雪下ろしなど山形ならではの仕事につかせるローカル色も面白い。人気シリーズになりそうな新鮮な大衆性があり期待がもてる。

 (2)は、小説の書き方指南本の新たな名著である。視点、キャラクター、会話、プロット、文章と描写など基本中の基本を、受講生の作品を題材にして極めて具体的に教えてくれる。自作や他者の作品や映画など様々なテキストを紹介しながら、何がいけないのか、何が優れているのか、どうすればうまく書けるのかを丁寧かつ鋭く説いていて読ませる。大沢と角川の編集長たちの座談会「文庫版特別講義『いまデビューができ、生き残っていける新人とは』」はウェブサイト小説、ライトノベル、各文学賞の現状(応募者と読者像、編集者の分析と要望)を語っていて実に参考になる。

 (3)は、森村誠一初の自伝である。少年時代の戦争体験(焦土化した街、圧政による非人間的な生活環境)から学生生活、ホテルマンをへて作家デビュー、不遇の時期の後の社会派ミステリの旗手としての華々しい日々、『人間の証明』と角川春樹による歴史的なメディアミックスの裏話、『悪魔の飽食』写真誤用事件のバッシング、盟友の作家たちとの出会いと別れ、森村が推進した写真俳句等々。不世出の作家が過去を振り返り、いかに書いてきて、いかに生きるべきかを文学や政治の問題にふれながら自在に語る。力強い言葉が随所にあり(箴言集〈しんげんしゅう〉の趣もある)、単なる自伝をこえて普遍的な強さをもつ。=朝日新聞2019年3月2日掲載