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天野祐吉さん、島森路子さんに「ありがとう」 白岩玄さんが20才の頃に読みふけった雑誌「広告批評」

 ぼくは今作家として小説を書く仕事をしているが、もともとは広告の世界が好きで、コピーライターになりたいと思っていた。特にデザインの専門学校に通っていた二十歳の頃は、絶対にその仕事に就くんだと意気込んでいたし、暇さえあれば広告関係の雑誌や本を読んでいた。

 「広告批評」は、そんな広告が大好きだったぼくにとって特別な雑誌だった。毎月発売日を楽しみにしていただけでなく、30年近く続いていたその雑誌のバックナンバーを手に入る限り買い揃えて延々と読んでいた。今でも実家の本棚にすべて大切にとってある。それなりに場所を取るので処分しようかと思ったこともあるのだが、当時の自分の情熱がそこに残っているようで、どうしても手放すことができないのだ。

 雑誌の魅力を一口で言うのは難しい。初代編集長だった天野祐吉さんが、「広告批評は広告そのもののクリエイティビティーの批評はもちろん、消費者にとって広告が有益なものかどうかの見張り役を果たしてきた」とおっしゃっていたのを何かで見たことがあるのだが、まさにそうした広告に対する「シビアな目線」がひとつの大きな魅力になっていたのは間違いない。ぼくは、その「何かを伝える側が負うべき責任」について、しょっちゅう考えさせられたし、同時にそれは、もの作りをする上でのいい思考のトレーニングになったと思う。単に広告を紹介するだけの雑誌だったら、その広告がどれくらい良質で有益かなんて、深くは考えなかっただろう。

 もうひとつ優れていたと思うのは、様々な分野の識者の話をいつも魅力的に伝えていたことだ。広告批評では特集ページの内容に合わせて各界の識者がよくインタビューを受けていたのだが、その記事が毎回ことごとく面白くて非常に勉強になった。これは長年メインインタビュアーを務めていた、二代目編集長の島森路子さんの功績が大きいと思う。インタビュー記事というのは、聞き手の質問の仕方や記事のまとめ方によってクオリティーにかなりの差が出るものだが、島森さんの記事はいつも対象を深く掘り下げながらも抜群の読みやすさを保っていて、読み手が努力しなくても知的好奇心が湧いてくるようなものになっていた。おかげでぼくは、広告関係以外の本をほとんど読まない若者だったにもかかわらず、広告批評に出てきた人たちには興味を惹かれて、彼らの著作を読むきっかけになった。橋本治さん、中沢新一さん、養老孟司さん、谷川俊太郎さんなど、様々な分野のスペシャリストの思考にもっと触れたいと思えるようになったのは、広告批評の(そしてたくさんの魅力的なインタビュー記事をまとめてこられた島森さんの)おかげでしかない。

 広告批評は2009年をもって休刊となり、その決断を下した天野さんと島森さんもそれから数年のうちに亡くなった。素晴らしい雑誌を残してくれたことに感謝する一方で、ひとつ心残りなのは、同じ出版界にいながら直接お二人にお目にかかる機会がなかったことだ。ただ一度だけ、島森さんは、ぼくのデビュー作である『野ブタ。をプロデュース』の書評を書いてくださったことがあって、新聞でその記事を見つけたときは、読んでくださったんだと胸がいっぱいになったのを覚えている。

 今さらこんな文章を書いても、もう届かないことはわかっているが、お二人に心からの「ありがとうございました」を伝えたい。ぼくは今でも誇張ではなく広告批評に育ててもらったと思っているのだ。