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ASKAさん、谷川俊太郎さんに会いに行く 35年ぶり「書きおろし詩集」を発表

取材・文:樺山美夏 写真:佐々木孝憲

詞が書けなかった頃、谷川さんの詩と出会った(ASKA)

ASKA はじめまして。ASKAです。今日はお会いできて光栄です。ありがとうございます。

谷川俊太郎(以下、谷川) はじめまして。私の詩をいろいろ読んでくださっているみたいで。
ASKA 実は昨日も、谷川さんの作品が家にどのぐらいあるんだろう?と思って、全部、並べてみたんです。

谷川 え、そんなにあるんですか?

ASKA その後、片っ端から読みはじめたら止まらなくなって、結局、寝たのが今朝の5時過ぎでした。

谷川 ええ、それは申し訳ない。詩も罪深いですね。人を不眠症みたいにしちゃって。

ASKA 僕にとっては幸せな時間でした。それで今日お会いした時、気の利いた感想をひとこと言ってみよう、覚えた詩を諳んじてみようと思っていたんですが、すべてが谷川さんなので選べなくて。ただ、どの作品だったかすぐに思い出せませんが、「僕もやっと詩を書いて食べられるようになった」という一節にはハッとさせられました。

谷川 詩だけでなく、他にもいろいろ書いてますけどね。僕は、いい詩を書きたいとか、偉い詩人になりたいとか一切なくて、どうやって食うかっていうことが出発点だったんですよ。その仕事がたまたま詩で、そこから広がって食えるようになりましたから。だから、いい詩を書きたい、立派な詩人になりたいという思いが出発点の、他の詩人たちとはちょっと違いますね。

ASKA でも詩で生計を立てられて、国民的詩人として活躍されているのは、僕が知る限り谷川さんだけですから。谷川さんの『ポエメール』というメールマガジンも愛読していたのですが、突然、終わってしまったのが残念で。なぜやめられたんですか?

谷川 あれは、自分でやってなかったから。ただ、僕はメディアの力を割と感じているので、今は僕のホームページを作ってくれている人に、月一回、紙に印刷されていない詩を載せてもらっています。やっぱり僕にとっては、どんな読者もとても大切なんですよ。他に食う道がなかったのでね。

ASKA ホームページもよく拝見しています。

谷川 デビュー当時は、詩を書いてらしたの? それとも曲を作ってたの?

ASKA CHAGE and ASKAでデビューした時は、メロディが勝負だと思って、詞はなんとなく語呂が良いものを乗せればいいや、っていう感覚だったんですね。その調子で世の中に向けて楽曲を作り続けるうち、自分は詞が得意じゃない、詞が書けない人間なんだ、と気づいたんです。

谷川 そうだったんですか。

ASKA 当時のプロデューサーがとても厳しい人で、書いた詞を何度も突き返されてとても悔しい思いをしました。それからです、詩集を買い漁ってむさぼるように読みはじめたのは。全国ツアーで地方を回ると必ず本屋さん巡りをして、その中で谷川さんの詩と出会うことができました。そのときの衝撃は今でも鮮明に覚えています。

僕、飽きちゃうんですよね、自分に(谷川)

谷川 今度、自分でも詩集を出されるわけでしょう。どういう心境なんですか?

ASKA 2016年にレコーディングをやっている時、あまりにも集中し過ぎて、作ろう作ろうとする気持ちが先だってしまったことがありまして。色にたとえるなら、赤いものを作ろうと思うとすべて赤になってしまうんですね。でも赤を赤に見せるには、白がなければ赤に見えないということに気がついて、いったんレコーディングを中止したんです。その時、84年に一度だけ真似事で詩集を出したことを思い出して、もう一度、散文詩を書いてみようと120〜130篇ほど一気に書いたのが、今回発売する詩集のベースになっています。

谷川 歌を作るための歌詞と、詩集として発表する詩を書くのは、意識としては違うの?

ASKA 違いますね。歌詞は語感を重視するので制約がありますが、散文詩は伝えることを優先するので自由に書けます。散文詩を100以上書いたことで、文字や言葉が頭の中で動きはじめて、歌詞を書くペースも早くなりました。僕にとってはいい刺激になりましたね。
谷川 歌い手の人とお話すると、はじめに言葉が出てくる人、言葉と音楽が同時に出てくる人、曲が先で後から言葉を当てはめていく人がいるけれど、どういう作り方をされているんですか?

ASKA 僕は曲からじゃないとダメですね。

谷川 それはわかるような気がします。詩集のゲラを拝読していて、実際には聞こえてこないけれども、音楽がベースにあって言葉が出てきている感じがしたんですよ。

ASKA ありがとうございます。僕は谷川さんの詩をずっと読ませていただいて、詩のスタイルの微妙な変化が4回あったと思っているんですね。僕が最初の全集を買った初期の頃。想像力を掻き立てられるように言葉が切れ味を持った時期。「〜だ」と言い切らず、普通の人に普通に語りかけるように書かれていた時期。そして最近読んだ2冊、詩集『あたしとあなた』と(エッセイ集)『幸せについて』を読ませていただいて、本当にびっくりしました。というのも、人が人たる所以は、人のことをわかっているようでわかっていないことで、自分のことをわかっているようでわかっていないこと。その表裏一体がこの2冊から感じられたので。

谷川 僕、飽きちゃうんですよね、自分に。書いているとね、こんな書き方でいいのかと思っちゃうんですよ。そうすると自然に書き方が変わっていくから、何冊も詩集を書き続けてきたところがあるの。「二度童子」っていう言葉、知ってます?

ASKA いえ、知らないです。

谷川 二度、子どもになる、っていう意味なんですよ。まあ、認知症のことも指しているんだろうけど、僕、だんだん子どもになってきている感じがすごくするんですよね。だから、子どもが主体の、ひらがなばっかりの本を書いたりしてるでしょ。そのほうが楽なんですよ。戦後、現代詩はずっと難解だったので、それに対する反動もあって、普通の人が使う普通の言葉で書きたいという思いが、今に続いていると思うんですけどね。

言葉は音楽より強い。人を生かすことも殺すこともできるから(ASKA)

ASKA 本当に、みんなが普通に使っている言葉で谷川さんが詩を書くと、谷川マジックと言ってもいいぐらい、言葉と言葉の繋がりでなるほどそういうことか!と驚きの表現になるところが素晴らしいと思っていて。僕もそこにいつか到達できるといいなぁと思いながら読ませていただきました。

以前、「UNI-VERSE」という曲を書いた時に、「あの人は朝のリレーだ 僕らは願いのリレーだ」という谷川さんの詩の一節を使わせて下さい、とお願いしたんですよね。僕の音楽をよく聴いてくれている人たちには、僕がいかに谷川さんに影響されてきたか伝わっていると思います。

谷川 僕はね、詩よりも音楽のほうが上だと思っている人間なんですよ。

ASKA そうですか。それはなぜでしょう?

谷川 音楽には、意味がないから。意味がないのに、人を感動させるでしょ? だから僕も子どもの頃、感動したのは音楽が先だったんですよ。そのあと詩を書きはじめて言葉と出会ってから、言葉というのは困ったもんだな、とずっと思っているんです。言葉にはどうしても意味がつきまとうじゃないですか。嘘もつくし、変な誇張もするし。音楽はそんなこと一切ないから。

ASKA 確かに、メロディはそうですね。音楽の力というのは実のところ、新鮮なうちは70%がメロディの力、30%が詞の力だと僕は思っているんです。ただ時間が経つにつれて比重が変わってきて、結局、いい詞の歌のほうが長く残る。そのことに気づいてから、僕は詞の大切さをとても意識するようになりました。

谷川 僕は言葉に過剰な期待を持たない人間だけれども、そういう話を聞くと、言葉もどうにかなるんじゃないかと、楽観的な気持ちになりますね(笑)。

ASKA いえいえ、言葉は本当に強いですよ。メロディで人の気持ちを豊かにすることはできるでしょうけど、言葉は人を生かすことも殺すこともできますからね。

谷川 それは確かに、そうなんですよね。だけど、本当か嘘かわからない情報があふれている今の時代は、言葉がますます信用できなくなっています。詩もやっぱりそれに影響されるんですよね。だから嘘のない本当の言葉で書くことが、今は我々詩人の責任だと思っています。

ASKA 谷川さんの最近の作品を読んで、僕もそういうところは感じていました。

命はつながっていくもの。死ぬのが楽しみです(谷川)

谷川 今、ツアーの最中でしょ。身体は大丈夫なんですか?

ASKA はい、全然大丈夫です。これから全国をまわります。

谷川 2月は誕生日でしょ。

ASKA はい、ありがとうございます。61歳になります。母は、残念ながら復帰後の僕のステージを見ることなく他界してしまったのですが、今年90歳になる父は現役で剣道をしておりまして。今まで全国大会で7回優勝しているんですが、今年8回目の優勝を狙いにいくと言っているんですね。それで僕も、子ども時代に教えてもらった剣道からずっと離れていたので、40年ぶりに再開して、昨年の夏に剣道四段を取りました。

谷川 中断しても四段が取れるというのは、身体がちゃんと感覚を覚えているんでしょうね。

ASKA 覚えていますね。人間は気の生き物なので、試合相手の殺気を感じる感性、感覚はまったく失っていませんでした。それだけ身体は元気なので、谷川さんのように素晴らしい活動を続けながら年をとることができたらいいなと思っています。

谷川 ハハハハ。だって、デビューして40年でしょ? 僕は60年以上経つもの。20年差があるんですよ。

ASKA はい。だからこそ、そこに辿り着けたらいいなぁと。

谷川 もう87歳ですからね、老いをテーマにした詩も、結構、書いています。でも死をテーマにした詩はなかなか書けないんですね。結局、誰にもわからないわけですから。そもそも僕は、死も人生の一部で、つながっていくものだと思っていますからね。

ASKA 僕もそう思います。死というのは人間が作りだした言葉で、命や意識というのは輪廻転生で円のようにつながって、永遠になくならないものだと思うので。

谷川 僕も基本的にそういうものだと思っています。だから死ぬのが楽しみですね。次はどんな違う世界に行くんだろうと思うと、好奇心がわいてきます。僕の父親は94歳まで生きたので、長生き遺伝子をもらっているんじゃないかと思って、ちょっと迷惑しているぐらいで(笑)。でも、いざどこか痛くなったりしたら、そんなことも言っていられないでしょうけど。

ASKA はい、病院に行きますよね(笑)。僕が一番、死ぬのが怖くて仕方なかったのは子どもの頃でした。でも年齢を増すごとに死に対する恐怖がなくなって、還暦を迎えた後は、死は当然のことと思うようになりましたね。

谷川 僕もまったくそうです。癌だなんだと、死の恐怖をあおるメディアが多いけれど、人間一人ひとりの立場からしてみれば、わりと自然に従って生きている人のほうが多いんじゃないかなという気がします。

ASKA この世に生を受けたものは、すべては自然ですからね。自然は何から始まったのだろうと考えると、自然は自然から始まったとしか言いようがないですから。

谷川 自然というのは人格を与えられていないものであって、いつ始まって終わるかもわからないものですからね。人間はそれに従って生きていればいいんです。別にキリストや仏様じゃなくてもいいんじゃないのと、僕は思いますね。

ASKA まったくその通りです。谷川さんと死生観が同じだったとは、嬉しい限りですね。最後に、僕が1980年の秋に買っていつもバッグに入れて読んでいた『谷川俊太郎全集』(1965年、思潮社刊)を持ってきたので、サインをお願いしてもいいでしょうか?

谷川 え、そんなに分厚い本を持ち歩いてくれていたんだ。ありがとう。綺麗な本にサインするより、使い古した本にサインするほうがずっと嬉しいです。

ASKA 今日は最高の一日でした。ありがとうございました。