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女性たちの本音を“怖い話”に託して 朱野帰子さん「くらやみガールズトーク」

文:朝宮運河、写真:斉藤順子

――『くらやみガールズトーク』は初めての怪談小説集。収録作の多くは、怪談専門の文芸誌『幽』(2018年に終刊)に掲載されたものですね。

 デビュー作『マタタビ潔子の猫魂』が妖怪の出てくる小説だったので、そのご縁で声をかけていただきました。『幽』は京極夏彦さんはじめ、その筋の錚々たる大家が連載している雑誌。嬉しかった反面、「ちゃんとした怪談を書かなければ!」というプレッシャーもありました。

 書いてみて実感しましたが、怪談は難しいですね。この世に存在しないものを、あるかのように書かなければいけないので、他の小説とは異なるテクニックが必要です。毎回修行のような気持ちで、原稿に向かっていました。

――怪談は子どもの頃からお好きだったのですか?

 好きでした。マニアではなく、あくまでミーハーとしての「好き」ですが。小学生の頃から、「世にも奇妙な物語」や「愛川欽也の不思議ミステリーツアー」など、その手のテレビ番組はよく見ていましたね。

 怪談好きになったきっかけは、学校の図書室に並んでいた「おばけ文庫」というシリーズ。落語から昔話までいろんな種類の怪談を収めた児童書です。とくに印象に残ったのが、「四谷怪談」や「子育て幽霊」の話。いきなり恐ろしいものが出てくるより、普通の人間がじわじわと追いつめられて、幽霊になってしまうという話に惹かれました。

 今思うと、幽霊に出会った人より、幽霊になってしまう人に感情移入していたんですね。もし自分が幽霊になったら……と考えると、不安で夜も眠れませんでした。

――それは面白いですね。怪談作家さんは数多くいますが、“幽霊になるのが怖い”という方は珍しいと思います。

 わたしは昔から環境の変化に弱くて、進学やクラス替えがあるたびに、いちいちつまずいてしまうんです。そんな人間が、死んだらうまく成仏できるだろうか、という不安が昔からあるんですね(笑)。幽霊になったとしたら、どう振る舞えばいいのか。分からないから、すごく怖い。

 その一方で、幽霊に対する憧れもあるんです。「四谷怪談」のお岩さんがその典型ですが、社会に虐げられ、踏みにじられてきたか弱い存在が、幽霊となることで圧倒的なパワーを手に入れる。その逆転劇に奇跡のようなものを感じて、感動してしまうんです。

――今のお話は『くらやみガールズトーク』にも繋がりますね。「花嫁衣装」という作品の主人公は、夫やその家族に男性中心的な価値観を押しつけられ、体に変調を来してしまった女性。他の収録作にも、強いものに虐げられ、踏みにじられる女性たちが登場します。

 怪談らしい作品に仕上げようというのが目標で、フェミニズムを前面に押し出すつもりはまったくなかったんです。しかし書き終わってみると、これまでにないくらい女性性が色濃く出ている本になりました。それは自分でも意外でしたね。

 「花嫁衣装」で書いたような結婚直後のストレスは、普通なら小説になりません。怪談だからこそ、エンターテインメントに昇華できたところはありますね。辛い状況が積み重なって、じわじわと圧がかかり、最後にばーんと弾ける。そういうお約束があるから、主人公が虐げられるシーンも見せ場として成立するんです。

――全編、生々しいディテールにもぎょっとさせられます。モデルになった出来事などはあるのでしょうか。

 ストーリー自体はもちろん創作ですが、わたしの経験や、友人知人とのガールズトークで見聞きしたエピソードを、細部を変えながらあちこち織りまぜています。結婚や育児で悩んでいる人から「こんなに醜い感情を抱いているのは自分だけかも」と告白されることもある。でも同じような感情は、きっと多くの人が抱いているんですよね。

 怪談はディテールが大切なので、風景描写はできるだけ事実に即したものにしています。「鏡の男」や「獣の夜」に出てくる古いマンションは、わたしが過去に住んでいた物件。ユニットバスの天井裏にびっしり入浴剤が置かれていた、という奇妙なシーンも実話です。片づけずにそのまま暮らしていたら、退去時に不動産屋さんから「どうして言ってくれなかったんですか」と叱られました(笑)。

――「獣の夜」は育児に疲れきった母親が、徐々に人間以外の存在に変容してゆく、という濃密な幻想小説でした。

 執筆時はまさに一人目の子が生まれたばかりで、子どもの寝ている横で机に向かい、一気に書き上げた思い出があります。面白いと言ってくださる方が何人かいて、怪談を書いていくうえで自信になりました。

 それまで現代的なオフィスで働いていた人間にとって、赤ん坊と過ごす時間は、いきなり大自然の中に放り込まれたようなショックがあります。自然が失われた都会において、赤ん坊は最後に残された自然じゃないか、と思いましたね。

 出産後、女性はすぐに母親になることを求められますが、このくらいの衝撃を受けているんだ、ということは書いておきたかった。今回単行本化にあたって、結末をより踏みこんだものに書き直しています。たとえ常識的には許されない感情であっても、怪談として描くならば許されるかなと。

――「変わるために死にゆくあなたへ」は、外見によって選別される思春期の残酷さを描いた作品。タイトルにある“変わる”と“死ぬ”は、本書全体のテーマでもありますね。

 女性は大人になるまでに進学、就職、結婚、出産といくつもの通過儀礼があって、その
都度、違う自分になることを強制されているような気がします。社会構造の変化によって、最近では男性もそうなりつつあるかもしれませんね。さっきも言いましたが、わたしは変化にとても弱いので、こうした通過儀礼はひたすら恐怖でしかない。いつも死ぬような思いなんですよ(笑)。

 「子育て幽霊」にも書きましたが、出産直後の母親なんて死人そのものですから。見た目はやつれきっているし、家族の目は赤ん坊に向いて、誰にも相手にされない。江戸時代の幽霊画を見ていても、これは幽霊じゃなくて母親だろうな、というものが何作かありますよね。

――変わることは恐怖ではないかもしれない。そう思わせてくれるのが巻末の「帰り道」。家庭で孤独を感じている少女が、夜のバスで奇妙な世界に迷いこむ、という物語です。

 「帰り道」の主人公はまだ幼いこともあって、変わることを肯定的に受け止められる。たとえ死んだとしても、また別の形で生きられるんです。後味の悪い作品が多いので、ラスト一編は、できるだけ前向きなものにしてみました。

 子どもの頃、塾からの帰りに乗るバスで、見知らぬ町に連れていかれるんじゃないかと怖かった。あの当時の心細さが、色濃く反映されています。

――本の発売からしばらく経ちますが、読者の反響はいかがでしょう。

 怪談だとはあまり意識されずに、女性の生き方を描いた短編集として読んでもらっているようです。怖い話だからと敬遠されることもなく、主人公たちに共感してもらえているのは嬉しいですね。

 ある友人が「いつもよりリミッターが外れていて面白かった」と評してくれて、なるほどと思いました。もしこれが現代女性のライフスタイルを書く、というコンセプトだったら、ジェンダーバランスに気を遣って、ここまで女性に寄り添ったものにはしなかったと思う。今回は怪談を書くという狙いがあったからこそ、女性の本音をここまで書くことができたのかもしれません。

――それも怪談というジャンルの面白さですね。

 わたしはこれまで、自分の性別をあまり意識せずに生きてきました。小さい頃は自分の身なりに構わない子でしたし、会社でも男性と対等に仕事をしているつもりでいた。でもそうは言いながら、無意識的に自分の女性性を否定してきたのかもしれません。怪談を書いたことで、初めてその蓋を外すことができました。今後はもっと堂々と、自分は女性だと言ってもいいのかもしれないな、と思っています。

――恐怖とカタルシスを味わわせてくれる『くらやみガールズトーク』は、現代怪談の傑作です。朱野さんのもうひとつの顔を、多くのファンに知ってもらいたいですね。

 ありがとうございます。デビュー作の『マタタビ潔子の猫魂』は、職場で嫌がらせに遭っている派遣社員が、怪奇の力を借りて復讐するという物語でした。当時20代だったわたしは、まさに主人公と同じような境遇で、今に見ていろという気持ちで過ごしていたんです。それから約10年社会人として経験を積み、理不尽な状況にもなんとか現実的な対応ができるようになってきた。そうした成長によって書くことができたのが、『わたし、定時で帰ります。』でした。

 しかし仕事を離れ、女性としての人生に目を向けると、そこにはまだ真っ暗闇が広がっている。結婚や出産、育児といった環境の変化によって、押しつぶされそうだった気持ちを、怪談という形で表現したのが本書です。納得できないものに対して、現実的な対応をするのも、怪奇の力を借りてなんとかしようとするのも、どちらも同じわたし。怪談とそれ以外の作品は、深いところで繋がっているのだと思いますね。