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文豪たちは怪異がお好き? 大作家と幻想、マニアックな着眼点の3冊

文:朝宮運河

 終戦直後の東京を舞台にしたミステリ小説『TOKYO YEAR ZERO』などで知られる、日本在住のイギリス人作家、デイヴィッド・ピース。彼の新作『Xと云う患者 龍之介幻想』(黒原敏行訳、文藝春秋)は、大胆な手法で文豪・芥川龍之介の生涯に迫った一冊だ。
 ここでピースが挑んでいるのは、35年にわたる芥川の人生とその作品を融合させ(著者は「コラージュ」と呼んでいる)、虚実さだかならぬ世界を作りあげること。夏目漱石の死や関東大震災の発生といった歴史的事実と、「河童」「蜘蛛の糸」「杜子春」などのエピソードがさまざまなレベルで入り交じり、谷崎潤一郎や菊池寛とともに河童のトックが歩きまわる。巧緻に創りあげられた言語の迷宮をさまよううち、読者は芥川が生きた文学的狂気を追体験することになるのだ。
 芥川の死によって幕を閉じる物語だけに、12の収録作はすべて独特の仄暗さが漂っているが、ロンドン留学中の漱石が恐怖の一夜を過ごす「切り裂きジャックの寝室」、芥川が自らの分身に悩まされる「二度語られた話」あたりは、とりわけホラー味が強い。怪奇幻想小説としても、見逃せない逸品だろう。引用やパロディが頻出する原文を、名調子の日本語に仕立て直した訳者の力量にも、つくづく感心させられる。

 芥川つながりでもう一冊。『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(岩波書店)は、芥川が旧制高校の英語副読本として編んだ8巻本のアンソロジー「新しい英米の文芸」から、ホラー&ファンタジー寄りの20編を選りすぐり、新訳をほどこした傑作選である。
 並外れた読書量を誇る芥川だけに(洋書でも一日に千二三百ページは読めたという)、その鑑賞眼は折り紙つき。オスカー・ワイルド、ダンセイニ卿、エドガー・アラン・ポーらの収録作は、いずれも芥川好みの技巧と軽妙さを備えている。当時の高校生に向け「これこそが短編の醍醐味だ」と語りかけるようなセレクションである。
 アンブローズ・ビアス「月明かりの道」が、芥川の「藪の中」にヒントを与えたのはよく知られた話だが、本書にはその他にも、元ネタになったとおぼしい短編がちらほら。創作の舞台裏をこっそりと覗けるのも嬉しい。

『厠 文豪ノ怪談ジュニア・セレクション』(汐文社)は、名だたる文豪たちが手がけた怪談を、アンソロジスト・東雅夫がテーマ別に集成したシリーズの一巻。この巻では泉鏡花、芥川龍之介、川端康成、大坪砂男、三橋一夫らによる厠、すなわち便所にまつわる怪談の数々をまとめて読むことができる。
 10代に向けて編まれたこのシリーズ、総ルビと詳しい註釈も特色だ。とりわけ博覧強記の編者が手がける註釈は、大人が読んでも目からウロコの発見が満載。この巻でも泉鏡花「古狢」と『雨月物語』の共通点を指摘し、吉行淳之介の怪作「追いかけるUNKO」を「夢の生理、夢の文法に忠実な怪奇幻想掌篇」と鮮やかに読み解いてみせる。これほど註釈に興奮させられるシリーズも、そうそうないだろう。
それにしてもなぜ、便所と怪談は関係が深いのか。谷崎潤一郎のエッセイ「厠のいろいろ」「陰翳礼賛(抄)」は、その問いに向き合ううえで示唆に富む。便所という一見変化球的なテーマを扱いつつ、日本文化の基層に鋭く迫るアンソロジーだった。

 今月紹介した3冊は、言うまでもなく「文豪」が共通項。しかもいずれ劣らぬマニアックな着眼点の文豪ものである。未曾有の文豪ブームが巻きおこっている昨今、これらがどう受け止められるか楽しみなところだ。