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懐かしい町の銭湯 湯上がりのビールと青春が、体にしみる

文・イラスト:藤原ヒロユキ

To The Beer Bar~ちょいのみ親父の探訪記~ 第44回「平和温泉」(大阪・石橋)

 青春プレイバック。1980年代後半にNHKで放送されていた番組である。
 著名人が、青春を過ごした思い出の地を訪ね歩くドキュメンタリー番組だ。

 青春を辞書的に“若い時代、青年期”とするならば、私は大阪府池田市の石橋で青春時代を過ごしたと言える。
 石橋こそ我が青春の町である。

 私の通った大阪府立池田高校の最寄り駅は石橋駅だ。
 最寄りといっても、駅から学校まで通称「池高坂」と呼ばれる登り坂を20分近く歩かざるをえず、今なら「タクシーに乗っちゃお」という距離と高低差である。
 もちろん高校生がタクシー通学するわけはなく、友達と馬鹿な話をしながら毎日テクテクと歩いたものだ。この坂道が苦にならなかったことこそ青春だったのだろう(笑)。

 ウィキぺディアによると、出身者にはサザエさんの父「波平さん」の声優として有名な永井一郎、サントリーの鳥井信一郎、シャ乱Qのたいせい、そして在学は1年間だけ(芸能活動のため上京したとのこと)だが菅田将暉などがあげられている。
 みんな、あの坂道を歩いていたのかぁ。

 高校時代に石橋で覚えたことは、古本屋通いである。
 石橋駅は大阪大学豊中キャンパスにも近かったので、その通学路に古本屋があった。文庫本ならば20円や30円で買うことができたので、「近代文学史に名を連ねる作家の主な作品ぐらいは読んでおこう」と考えた。が、これが意外と多かった。夏目漱石、島崎藤村、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、井伏鱒二、三島由紀夫、太宰治、大江健三郎、吉行淳之介、遠藤周作、開高健、野坂昭如、山口瞳……。人生で最も「本を読んだ時代」と言っていい。

 なかでも印象に残っているのが梶井基次郎の『檸檬』だ。書店の本棚に、爆弾に見立てたレモンを置いて帰るという話は、ストーリーの面白さに加え、美術部だった私のビジュアル的な想像力を掻き立てた。同じく『桜の樹の下には』も秀逸だ。梶井の作品は、憂鬱や焦燥のなかに色彩を感じることが多い。

 私の通った大阪教育大学の最寄り駅は、石橋の隣の池田駅だった。(今は移転し、キャンパスは無くなってしまった)
 お酒が飲める歳になり、池田よりも飲み屋の多い石橋によく通った。商店街からガード下に通じる小路の縄のれん、細い水路に面した洋風居酒屋、著しく暗闇に近いロック喫茶、床がツルツルする中華料理屋、煙がもうもうと立ち込める焼肉屋で、わけもなくビールを飲みながら時を浪費していた。

 大学時代に石橋で覚えたものは、お酒である。
 ビール、日本酒、ウイスキー、ジン、ウォッカ、ラム、カクテルやリキュール‥‥‥。いろいろ飲んでみた。が、やっぱりその当時からビールが一番好きだった。

 私は24歳の時、フリーのイラストレーターとして仕事を始めた。その時、自宅兼事務所兼アトリエとして借りたアパートの最寄り駅も石橋だった。
 高校、大学、イラストレーターとして駆け出しの時代。その思い出の風景はいつも石橋の町並みだった。

 先日、久しぶりに石橋を訪れた。
 ノスタルジーに浸りたかったわけでも、忘れ物を探しに来たわけでもない。ただ、仕事の通り道に石橋があり、時間があったので下車してみただけだった。
 駅前の商店街は、“昭和の雰囲気”を残したままだったが、思い出に繋がる店はすべて無くなっていた。赤い橋通りの平和温泉という名の銭湯以外は。

 靴箱は村山実の背番号11番を選んだ。木札を抜く懐かしいスタイルである。入浴料は自動販売機で購入するスタイルだ。
 更衣室のロッカーは、24番。桧山進次郎? ま、そう受け取られても異存はないが、私にとっては「仏のゴローちゃん」と呼ばれた遠井吾郎の背番号だ。ちなみに、2019年の阪神タイガースの24番は、脳腫瘍で離脱した横田慎太郎が復帰することを信じ、空けられたままである。

 浴槽はほぼ満員の状態だった。平日の夕方とあってか、浴場でまったりしている客の平均年齢は70歳ぐらいと思われる。
 風呂上がりには、コーヒー牛乳。ではなく、クラフトビール! 隣町の箕面市で造られている箕面ビールが揃っている。火照った体にはスカッとしたピルスナーが心地よい。平和温泉のトートバックも可愛いので買っちゃおう。

 外がまだちょっと明るい夕方の銭湯。テレビでは海原やすよ・ともこが漫才をしている。実にいい感じに黄昏、やがてマジックアワーと呼ばれる“何もかもが美しく見える、日没後の時間”が始まる。
 私が青春を過ごした1970年代後半〜80年代初頭。昭和の時代にクラフトビールは無かった。海原は千里・万里とさおり・しおりだった。

 2019年。時代は令和へと変わる。青春はプレイバックするものなのか? 新たに始めるものなのか?
 風呂上がりのビールが五臓六腑に沁み渡る。
 もう1本、飲もうとするか。いや、2本、3本(笑)。 

 大阪石橋の「平和温泉」。
 本当に、いい銭湯だ。また訪れたくなる。