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河原和音さん「素敵な彼氏」 大人になってもずっと少女マンガが大好きな人へ

文:横井周子 ©河原和音/集英社

桐山くんは、初めて描くタイプの男の子

――『素敵な彼氏』の小学館漫画賞少女向け部門受賞、おめでとうございます! まずはこの物語の主人公、ののかと桐山くんのキャラクターはどうやって生まれたか教えていただけますか。

 新連載用に最初考えていた話がボツになって、実は『素敵な彼氏』は急きょ考えたストーリーでした。連載のネームからキャラクターを作るまでが3日しかなかったので、予告カットの段階では表情が違うんです。ののかは恋愛に対して精神的には積極的だけど、行動としては何もしていない、っていう女の子。昔の私も割とそういうタイプで、今もそういう子はたくさんいるんじゃないかなと思って描き始めました。

――思わず共感してしまう、応援したくなるヒロインですね。

 恋愛にほんのり憧れているけどうまくやれない子のことは私自身もすごくかわいいと思っているので、そのかわいらしさも表現できていたらいいなあと思ってます。
 『素敵な彼氏』では相手役の男の子を思いつくまでが大変でした。好きなタイプはすでにだいたい描いてきましたし、かといって自分のツボに入らないキャラクターを長く描けるほど器用じゃない。「どうしよう」と悩んでいたら、友人で少女マンガ家の椎名軽穂さんが、昔描いた『高校デビュー』にサブキャラで出した「主人公の彼氏の友達の朝丘くんみたいな人は?」って言ってくれたんですね。飄々としていてつかみどころのない男の子は好きだけどあまり描いたことがなかったから、それならできるかもって。

――「別冊マーガレット」(以下「別マ」)の作家さん同士のおしゃべりから生まれたのが桐山くんなんですね。

 今までは、連載が始まる時にはキャラクターの性格を大体つかんでいたんです。でも『素敵な彼氏』は違いました。自分がすぐいっぱいいっぱいになるので、自然体で余裕ある感じの人、リア充っぽい人として初回に桐山くんを描いたものの、そもそもリア充がわからないし、何を考えているのかわからなくて……。落ち込んでいたら少女マンガ家の高梨みつばさんから「描きながらつかんでいくタイプのキャラクターなのかもね」って教えてもらって、すごく勉強になりました。「作者はキャラを最初から理解できていないとダメなんだ」と思いこんでいたけど、そんなことないんだなあって。だから桐山くんは、私にとって色んなタイミングが合って初めてできたキャラクターなんです。

©河原和音/集英社
©河原和音/集英社

セクシーとユーモア

――桐山くんには「別マ」のかっこいい男の子のDNAを感じます。たとえばくらもちふさこさんの描かれるちょっとミステリアスな男子のような。

 うわーそれは光栄です! くらもち男子はミステリアスでセクシーですよね。くらもち先生やいくえみ綾先生、紡木たく先生……お名前を挙げきれませんが、特に90年代の「別マ」にはものすごく影響を受けました。「別マ」に出てくる男の子って隠れセクシーだと思うんです。くらもち先生の描かれる男の子もそうなんですが、色気全開というより、指先とか肩口、目線からほんのりセクシー。あとちょっとしたセリフとか‼ ……えっと、何の話をしているんだろう(笑)?

――桐山くんもセクシーです! 直接的なエロとは違いますが、男の子の腕にドキっとしたりする描写の中にも色っぽい空気感があります。

 そこはね、がんばりたいところではあるんです。『素敵な彼氏』では、恥ずかしがらないで振り切ってセクシーさを描きたいなって。日常の中にもあるちょっとドキっていう瞬間みたいな、そういう1コマに「おお~」って思うのはもう読者としてよく知っているので。とはいえ決して得意な方向ではないからうまくやれているのかなって不安はあるんですけど、この作品で挑戦していることのひとつかも。

――セクシーさの一方で思わず笑ってしまうコミカルなシーンもたくさんありますね。

 デビューして三作目の読み切り「可愛さあまって」(『幸せのかんづめ』収録)を描いた時に、当時の編集長に「良かったですよ」って言われたんです。すごくなんでもない、ほぼ自分のことを描いた日記みたいなマンガだったのでびっくりして。好きな人に素直に話せなくて、思ったことの逆ばっかり言っちゃう思春期の女の子の話なんですね。彼が髪の毛切ったのを見てすごくかっこよくって「似合ってるね」と言いたいのに「変」って言っちゃってる。なんでなのー!みたいな(笑)。そうしたら表紙にラブコメって書いてあって、それを見て初めて「私、ラブコメを描いたんだ!」って知ったんです。

――その展開自体がマンガみたいです(笑)。

 ラブコメにもいろいろあると思うんですが、たとえば『ラブ★コン』など中原アヤ先生の作品はセリフのキレがすごくありますよね。すごくときめくことを「キュン死に」って言ったり印象的なセリフがいっぱいあって、センスが抜群。『イタズラなKiss』はじめ多田かおる先生のラブコメも大好きです。キャラクターに強烈な魅力と勢いがあって何度読んでもおかしくって。
 私の場合は、『素敵な彼氏』もそうなんですけど、主人公ががんばればがんばるほどちょっとおもしろい感じになっちゃう。そういう一生懸命やっている時の空回り感っていうのが私の描けるコメディなのかなって思ったりして、気がついたらラブコメ作家になっていました(笑)。

©河原和音/集英社
©河原和音/集英社

読者と一緒に描いている感覚

――『素敵な彼氏』は画面の雰囲気もかわいいですよね。星が舞っていたり、扉絵でもお菓子や童話がモチーフになっていたり。

 私の中のガーリーな成分をぎゅっとつめこんでいます。かわいいものが大好きだけど現実には家のインテリアもあまりフワフワさせられないし服もだんだん落ち着いてきているので、原稿で爆発しているんです。絵に自信がないので雰囲気でいかにごまかすかという要素もなきにしもあらずですが、扉絵も楽しんで描いています。

――ののかのびっくりした顔など表情もキュートです。

 ののかがアワアワしている顔をたくさん描くんですけど、なるべく同じにならないように微妙にアワアワ具合を変えて描いているつもりです。表情は定型にならないようにしようって心がけています。

――『素敵な彼氏』もそうですが、最近の少女マンガは大好きな人と付き合った後をじっくり読ませてくれます。両想いのその後を描く楽しさはどのあたりにありますか。

 子どもの頃は私も少女マンガを読みながら「くっついたら後はどうでもいいや」とか思っていたんですけど(笑)、愛情を維持して育てていくってすごく大切なことですよね。お互いに大事にしあっている人たちの話は安心しますし、くっついてからの関係には描くことがたくさんあります。
 とはいえ、こういう話を描けるのは、やっぱり読者の方が「幸せな二人の話を読んでいて楽しい」と言ってくださるからこそなんです。うまく言えないんですけど、自分の中にある少女マンガ家としての何かを読者の皆さんに磨いていただいているような感覚がずっとあります。私と読者さんの両方がいいなって思えるものをいつもすごく考えるので、一人で描いている感じがしないんです。

ラブストーリーに込めたもの

――山川あいじさん作画の『友だちの話』、アルコさん作画の『俺物語‼』では原作を担当されました。原作はどのように書かれたんですか。

 ネーム原作です。私は自分のマンガの時もネームには顔を描かずに本番用にとっておいてコマ割りとセリフを描いていくのですが、同じ感じで。山川さんもアルコさんもとても実力のあるマンガ家さんなので、ネームはむしろセリフだけでもいいくらいだと思っていました。山川さんが描く女の子とアルコさんが描く男の子がすごく好きで、それぞれのイメージで考えたストーリーです。

――『俺物語‼』は『青空エール』と同時連載。大変ではありませんでしたか。

 割と仕事が早い方なのと作品の方向性が違ったのでなんとかやれたんですけど、やっぱりすごく大変でしたね……。私は『高校デビュー』と『青空エール』の連載中に出産していて二人子供がいるので、家族にもものすごく助けてもらいました。それがなかったら二作同時に描くのは難しかったと思います。

――連載中に妊娠・出産をされていたんですね。

 そうなんです。ちょこちょことは休ませてもらったんですけど、その頃変な使命感を感じていて(笑)。後から出てくるマンガ家さんたちのためにも「子どもを産んでも変わらずにマンガは描けるよ、大丈夫」って思ってもらえるようにがんばりたかったんです。今思えばがっつり休んで「それでも復活できるよ」ってできればよかったなって後悔しているんですけど、その時はそこまで考えられなくて。後で「きちんと休んでも戻ってこられる」と担当さんがおっしゃってたので良かったです。

――河原さんの例もあって、最近は育児をされながら仕事を続ける女性マンガ家が増えていると「別マ」編集部で伺いました。

 よかった。やっぱり、女の人が働いて生きていくことについてはテレビや報道などを見ていても日々いろんな気持ちになるし、考えますね。

――デビューから約30年。描き続けてこられたラブストーリーの魅力を教えてください。

 他人との間の「理解し、理解されたい」という気持ちを、ラブストーリーを通して描いているのかなって思うことがあります。自己肯定と他者肯定のような普遍的なことを恋の中に込められたら。『素敵な彼氏』は高校生の話ではあるけれど、たとえばディズニーの動物主人公のストーリーにみんなが感動するみたいに、大人が読んでも共感できる関係を描けたらうれしいです。
 でも、ものすごく単純に言うと、小さい頃からずっとラブストーリーが大好きなんです(笑)。

――少女マンガ家は天職ですね。これからも作品を楽しみにしています。ありがとうございました。