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#10 「さくさく」ベーコンと「男前」な淡雪羹 柴田よしきさん「風のベーコンサンド 高原カフェ日誌」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
「ベーコンサンドって、どんなの?」「あ、えっと…ひよこ牧場のベーコンを焼いてイギリスパンに挟んであります。マスタードとマヨネーズ、レタスとトマトの薄切りも一緒に」「無しで作ってくれないかな」「…無し」「レタスやトマト、入れないで」「あ、はい」「マヨネーズもいらん。パン焼いて、フライパンから出したベーコンを脂をきらないでのっけて、芥子ちょこっと、そんだけ。あの、わし、作ろうか」(中略)「脂をきらないんですね?」「うん、脂が残ってるほうが美味い」(『風のベーコンサンド 高原カフェ日誌』より)

 春風が心地よい、さわやかな陽気になってきましたね。今回は、今の季節にぴったりな、高原を舞台にした作品をご紹介します。

 東京の出版社に勤めていた主人公の奈穂は、夫のモラルハラスメントに耐え兼ね、寂れた高原でカフェ「Son de vent(ソン・デュ・ヴァン)」を始めます。開店したものの、中々客足が伸びず、田舎で商いをする厳しさを知った奈穂ですが、高原で暮らす人々に助けられながら、自分自身の抱える問題にも立ち向かっていく、というお話です。

 作中には、高原の食材を使ったお料理がたくさん出てきて、どれもこの場所だからこそ味わえるものばかり。著者の柴田よしきさんに、作中に出てくる「あの」メニューのお話を伺いました。

貧しい中でも美味しいものを知っている贅沢さ

——本作のタイトルにもなっている「ベーコンサンド」は、ある日、ふらりと奈穂の店にやってきた「田中さん」のリクエストで生まれたメニューです。田中さんの娘さんが小さいころにバーネットの『秘密の花園』を読んで「食べてみたい!」とせがまれて作ったという、父と娘の思い出の味なんですよね。

 私も子供の頃に『秘密の花園』を読みましたが、当時はベーコンっていうとクジラのベーコンしか知らなくて、気軽に食べられるようなものではありませんでした。中学生の時、初めてスーパーで豚のベーコンを買って焼いたら、脂がたくさん出てきて驚いたんです。私も小さいころから食いしん坊だったので「風の中を駆けまわって遊んだ後に、こんなサンドイッチを食べたら美味しいだろうな」と思いましたね。貧しい生活の中でも美味しいものを知っていることの贅沢さを感じ、その印象がずっと頭に残っていたので、このベーコンサンドを作品の題材として使いたいと考えたんです。

——レタスもトマトも挟まない「ベーコンと辛子ちょこっと」だけのシンプルなベーコンサンドのポイントは「さくさく」とした焼き加減の妙にあると思うのですが、ご自身でも試行錯誤されたとか。

 材料がシンプルな分、ベーコンもパンも良いもので作らないといけないから、結構難しい食べものだと思いますよ。「ベーコンサンドの田中さん」が自分の娘に作ってあげた時も、きっと一生懸命良い素材を選んだのでしょう。その気持ちが娘さんに届いて、大人になった今でも記憶に残る美味しいサンドイッチになったんだと思います。私も実際に色々と作って試してみましたが、具はベーコン以外何も入れないのが一番気に入っています。ベーコンの焼き方は、個人的にはガリガリに焦げたくらいが一番好きなのですが、サンドイッチには「さくさく」するくらいが、食べた時にちょうどいいんですね。ベーコン自体から出る脂で揚げるようにして焼くと「さくさく」になりますよ。

——作中では、「ひよこ牧場」のベーコンやソーセージ、「あおぞらベーカリー」の天然酵母パン、高原野菜などを使ったメニューがたくさん出てきて、食いしん坊の柴田さんらしく(笑)味わいの表現が丁寧に描かれていますよね。中でも、卵白を寒天で固めた淡雪羹を初めて食べた女性が「ババロアより男前な口どけね」と言う表現がとても素敵で印象的なのですが、このフレーズはどういったイメージで浮かんだのでしょうか? 

 私自身は「美味しそうに表現しよう」とは全く意識していないんです。料理の描写を書くときは、いつも自分が作った時の味の記憶を再現しています。淡雪羹は、寒天のしっかりした食感とふわふわしたメレンゲの食感が合わさって、口に入れた時にすごく面白いと思ったんです。しかも後味がさっぱりしているでしょう。ゼリーは少し舌にまとわりついて艶かしい感じがするけど、寒天は海藻だから口の中ですっと消える。その潔さが「男前だな」と思って、この表現が頭に浮かびました。

——出来る限り地元の食材を使うのが奈穂のポリシーですが、作品の後半では、ハウス栽培している地元産の苺を淡雪羹に入れるなど、少しずつ新メニューにも挑戦し、料理することを楽しめるようになってきましたね。

 私は料理をするとき「美味しいものを作りたい」という気持ちよりも、一種の実験と工作に近いものを楽しんでいる、という感じです。でも奈穂は、結婚した旦那からモラハラを受けていたので、料理をすることがとても苦痛だったと思うんです。だけど高原に来て、初めて自分の作った料理を「美味しい」と言ってもらえたことで、今やっと「報われる」という経験をしているんだと思います。自分の作った料理を通してあたたかい言葉をかけられ、料理に対する姿勢が変わったんですね。人間は褒められると次のステップへ進もうとしますから、奈穂もこの高原の材料を使って、より斬新なメニューに挑戦していこうとしている段階なんじゃないかと思います。