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「京都思想逍遥」書評 美に身をさらし複雑な序列語る

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月20日
京都思想逍遙 (ちくま新書) 著者:小倉紀蔵 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480072085
発売⽇: 2019/02/05
サイズ: 18cm/295p

京都思想逍遥 [著]小倉紀蔵

 人間社会の秩序は、まずもって「場所」に規定された具体的秩序、いわば場序として成立する。
 京都もまた、渡来人「かも氏」による土地占拠で始まった。風水に恵まれて千年の「みやこ」として繁栄した後、維新で天皇や貴族がこの場所を去る。残された街の場序は、洛中の町衆により再構造化された。現在の京都は、そうした「文化革命」後の新しい街だ。
 そこに成立した「襞のような序列の構造」は、内部に「語られえない場所」をもつ。京都独特の「複雑な蔑視の構造」の要であり、「社会の矛盾の結節点」だ。「語ることは野暮であるだけでなく、道徳的にも危険」であると知りつつ、著者がそこに一貫して照準していることは、最終章で明かされる。
 ゆえに本書は後ろから読まれるべきだ。深草の道元、竹田の子守唄、コリアンタウン東九条。「ディープサウス」から見た京都の断層を北上する本に変貌する。かつて京城と改名された時期をもつ異国の「みやこ」で、哲学修業を積んだ著者ならではの切り口が現れる。
 場序の具体性は、人間の尊厳といった「普遍的理念」の浸透を阻む。それを「共同主観というよるべなき不安定な方法」が覆い隠す。実に京都とは、近代思想にとって深刻な試練の場だ。
 そこに直面した三島由紀夫・西田幾多郎・高橋和巳らの苦闘を、著者は鈴木大拙の霊性論に触発された独自の方法で辿ってゆく。複数の他者や知覚像が、単一の人格性のなかで闘争する。
 だが、その際、人間が「いつも道徳主義者の仮面をかぶらないとならないとしたら、その出あいは不幸だ」と著者はいう。同情や道徳心は「こころ」や「ひと」や「もの」を曇らせるからだ。
 相手との絶対的対等性の「ぎりぎりの一点に全精神を賭け」、偶発性や乱調としての美に身をさらす。出色の柳宗悦論と尹東柱(ユンドンジュ)論は、そこからうまれる。疲れたら、いっときニヒリズムに逃げるのも良い。それが著者の「逍遥(しょうよう)」の思想である。
    ◇
 おぐら・きぞう 1959年生まれ。京都大教授(東アジア哲学)。著書『朱子学化する日本近代』『心で知る、韓国』など。