1. HOME
  2. コラム
  3. 朝宮運河のホラーワールド渉猟
  4. イマジネーションあふれる怪奇幻想短編集 恒川光太郎「白昼夢の森の少女」

イマジネーションあふれる怪奇幻想短編集 恒川光太郎「白昼夢の森の少女」

文:朝宮運河

 日本ホラー小説大賞に輝いたデビュー作「夜市」以来、野心的なホラー&ファンタジー小説を数多く発表してきた恒川光太郎。最新作となる『白昼夢の森の少女』(KADOKAWA)は、〈神隠し〉〈夢〉〈変身〉といった著者好みのモチーフが頻出する、まさに恒川光太郎らしい短編集だった。身体を植物に侵食された人びとが、巨大な森と同化して生き続けるという表題作をはじめ、アンソロジーや文芸誌などに発表された10編を収めている。

 巻頭に置かれた「古入道きたりて」に、まずは驚かされる。大雨に降られた釣り人が、山中の一軒家で雨宿りをする。その家に暮らす老婆によれば、満月の夜には古入道という化け物が現れるという。夜中に目を覚ました釣り人は、はたして巨大な人影が山を横切ってゆくのを目撃した。

 「わかりませんな。人がいうには、古入道の山いうもんがあって、場所は毎回変わるんだそうで、そこに迷って入ると、どこか遠くに運ばれるという話もありますが、どうだかねえ。ともかくまあ、あの巨人は〈この世〉のもんではない〈あの世〉のもんですよ」

 そうのどかな調子で語り、客人に夜船(ぼた餅の別称)を差し出す老婆の姿は、どことなく泉鏡花の世界を連想させる。戦前・戦中・戦後と場面転換を重ねながら、夢とうつつの溶け合う一瞬を幻視する物語に、感動を覚えない幻想文学ファンはいないだろう。

 イマジネーションの壮大さでは、「銀の船」も負けてはいない。主人公は幼い頃から、空飛ぶ巨大な船の存在を信じてきた。19歳の夜、ある悩みを抱えていた彼女の前に、夢で見たとおりの銀の船が下りてくる。船上にはヨーロッパ風の町が広がり、世界各地から乗りこんできた若者たちが、平和な生活を送っていた。
 夜空に浮かんだ巨船のイメージが魅惑的なこの短編は、著者がこれまで一貫して取り組んできた〈神隠し〉にまつわる物語であり、ぞっとするほど残酷なユートピア小説でもある。飢えることも、老いることもなく、永遠の時を過ごす乗客たち。非現実の世界に生きることの喜びと悲しみをあますところなく描いている。

 個人的に注目したいのは、「布団窟」という怪談小品。小学4年生の男の子が、同級生の家に遊びにゆく。そこにはすでに何人かの子供がいて、約20人分の布団が積まれた部屋があった。積まれた布団に潜って遊んでいた少年は、やがて妙なことに気づいて恐怖する。
 不条理でありながら異様なリアリティを備えたこの作品は、なんと著者の実体験であるという。ノスタルジックな語り口で、恒川ワールドの原風景を垣間見ることができる、貴重な一作だ。

 他にも、フランス人形を抱いた女性が他人を意のままに操る都市伝説風味ホラー「傀儡(くぐつ)の路地」や、記憶喪失者が主人公の戦争小説「焼け野原コンティニュー」、人とは異なる世界が見える少年の物語「夕闇地蔵」、奇想にみちたショート・ショート「海辺の別荘で」など、いずれ劣らぬ逸品ぞろいだ。
 ホラー度とファンタジー度がほどよく分散しているので(たとえば「傀儡の路地」はホラー度が高く、表題作や「夕闇地蔵」はファンタジー度が高い)、この手の小説が好きなら必ず心にフィットする作品が見つかるはずだ。

 優れた怪奇幻想文学はイマジネーションの力によって、読者の心を揺さぶり、感受性の幅を押し広げる。『白昼夢の森の少女』も、まさしくそんな小説だ。
 「愚かでも、馬鹿げていても、勝算がほとんどなくても、どのみち幻が囁きかけたことに、逆らえるものなどそうはいない」とは本書中にある印象的なフレーズ。物語の囁きに耳を澄ませ、ホラーやファンタジーでしか味わえない感動をぜひ味わってみてほしい。