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国境を越える小説たち 早稲田大准教授・辛島デイヴィッド

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『騎士団長殺し』 全4巻(第1部 顕れるイデア編上・下、第2部 遷ろうメタファー編上・下) 村上春樹著 新潮文庫 594~680円
  2. 『模範郷』 リービ英雄著 集英社文庫 583円
  3. 『ジニのパズル』 崔実(チェシル)著 講談社文庫 637円

 妻に一方的に別れを告げられた肖像画家は、新たな環境で「自分固有の作品世界」を模索する。今年デビュー40周年の著者が、半生をかけて築き上げてきたスタイルのショーケースでもある(1)は、生みの苦しさを知るクリエーターたちの間でも評判が高い。英語圏でも、初期の長編のように短縮されることなく、日本(語)発の世界文学の新たな形として受け入れられている。「時間を自分の側につけ」身を委ねたい大長編。

 (2)もベテラン小説家の創作の原点が垣間見える一冊。母語である英語を棄(す)てて日本語で小説を描いてきたリービ英雄。その想像力の根源には、台中の旧日本人街「模範郷」で、崩壊前の家族と過ごした少年時代がある。「ぼく」が五十数年ぶりに「作家のふるさと」への帰郷を決心すると、日、英、中、台の言葉が飛び交い、記録用のカメラが回り続ける旅路で、現在と過去が交差し、カタルシスが訪れる。音楽とともにふと蘇(よみがえ)る今は亡き家族の記憶が胸を打つ。

 (3)は逆にデビュー小説。在日韓国人の「ジニ」は、朝鮮語がわからないまま、中学生で朝鮮学校に入学する。留学先のアメリカでの「現在」、「革命」を目指すまでの朝鮮学校での記憶、北朝鮮の親族の手紙。短い章のコラージュにより物語はテンポよく展開する。主題は(2)のリービに近いが、その軽快なスタイルは、どちらかというと(同じ群像新人文学賞の)(1)の村上のデビュー作を思わせる。主題やスタイルがどのように発展していくのか楽しみな才能。=朝日新聞2019年5月4日掲載