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歴史と地続きの今を生きる 「その女、ジルバ」「あれよ星屑」

 手塚治虫文化賞が決まりました。

 メインのマンガ大賞は、有間しのぶの『その女、ジルバ』。文句なしの面白さと力強さで、読み終わったあと、人間として生きていくことへの勇気をあたえられ、ぽんと肩を叩(たた)かれたようないい気持ちにさせてくれます。

 主人公は40歳の新(あらた)。デパートで勤め始めたが、年とってスーパーの倉庫係に回された女性で、日本の労働環境のひずみを一身に抱えこんだような人物です。まずは、その労働環境、人間関係のリアルさに唸(うな)らされます。

 そんな新がたまたま飛びこんだバーが、老女のホステスたちだけで営む店で、彼女はそこで働きはじめます。この点は日本の超高齢化社会像を反映して、いま流行の老人マンガともいえます。新と老女たちの交流は、ユーモアと皮肉と哀(かな)しみに満ちた人間ドラマで、同時に40歳の新が新たに成長する自己確立の物語にもなっていくのです。

 でもそれだけじゃない! ジルバとは、このバーを始めた女性の名前ですが、彼女はとうに死んでいて、老人たちの回想からようやく太平洋戦争に翻弄(ほんろう)されたジルバの実像が浮かびあがります。ここから、このマンガは戦争と国家と個人の運命をめぐる真摯(しんし)な省察になるのです。戦争はもはや歴史ですが、歴史は過去ではなく、現在にほかならない。ジルバたちの経験は、新の故郷・福島の震災と原発事故とも地続きの歴史です。ラストの深い感動は、私たちは今まさに歴史を生きているという痛切な認識に支えられています。

 この歴史の認識を、手塚治虫文化賞の新生賞を受賞した山田参助の『あれよ星屑(ほしくず)』も共有しています。

 始まりは、戦後日本の闇市を舞台に、映画「兵隊やくざ」の勝新太郎と田村高廣が転生したような痛快な悪党たちの大活躍。ところが最終巻に向かって、主人公たちのニヒリズムは日中戦争での人殺しの地獄から生まれたことが分かるのです。そして、彼らは元上官の戦争責任を追及します。しかし、自分たちも戦場で人殺しをした。だとしたら、戦争責任の追及は自分の死と引き換えでなければならないという覚悟をもってそうするのです。ここにも戦争は歴史になったが、歴史は現在のことだという考えが貫かれています。

 有間しのぶは54歳、山田参助は46歳。もちろん、戦争経験とはほど遠い世代ですが、あえて日本の戦争に取材することで、今を生きる私たちの覚悟を問うてもいます。娯楽マンガとして極上の完成度をもちながら、そうした強靱(きょうじん)な精神性を宿している、必読の2作です。=朝日新聞2019年5月8日掲載