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腹を括ったJAZEE MINORに影響を与えた“粋なオトコ”を描いた3冊

文:宮崎敬太、写真:山田秀隆

 JAZEE MINORが久しぶりの新作「WOKE UP」をリリースした。パーティアンセム「100 feat. AKLO」を収録した1stアルバム「Black Cranberry」から5年という歳月は、決して短くないブランクだ。

 「1stアルバムを出して、『100』が売れて。俺はそれでもうイケるなって思っちゃったんですよ(笑)。でもヒップホップ業界はそんなに甘いもんじゃなくて。当たり前のことだけど、やっぱり定期的に新曲をリリースしてないと、リスナーたちには忘れられてしまうし、活動も軌道に乗らない。あともうひとつ大きな理由があって。地元のやつらと作っていたクルー・BC Boysが解散してしまったんです。みんなでお金を出し合ってスタジオも持っていたんですが、それも無くなってしまって。制作する場所がなくなってしまったことで、俺自身が音楽から遠ざかってしまった。当時は、俺も別の仕事もしていたから、徐々に音楽をやる時間が減ってしまったんです」

JAZEE MINOR “New Basic” feat. SALU

芸人の勝ち上がり方はアメリカのラッパーと似てる

 ではなぜ彼はシーンにもどってきたのだろうか? アルバム「WOKE UP」は彼が再び立ち上がる過程を描いた作品。今回の「読書メソッド」では、インタビューと選書を通じて最新作「WOKE UP」とJAZEE MINORのキャラクターを探る。まず最初に紹介してくれたのは、ドラマにもなったビートたけしの自伝的エッセイ集『たけしくん、ハイ!』。JAZEE MINORは独自の視点からこの本を読んでいた。

 「もともとお笑いが大好きなんですよ。芸人さんの勝ち上がり方はアメリカのラッパーに似てると思うし。自分の境遇をおもしろおかしく話して、いろんな番組で結果を出して、徐々に有名になっていくという。

 自分は高校三年生からヒップホップを始めました。だけど中学時代にすでにブームがあったし、俺的には『高三からラップを始めるなんて遅すぎる!』と思ったんです。それで全国のやつらとの距離を縮めようと、ヒップホップの聖地であるニューヨークで武者修行することにしました。いろんなクラブのオープニングマイクでパフォーマンスをしたり、自分なりのコネクションを作ったり。それで日本に帰国してから、本格的に活動し始めたんです。YOUNG FREEZが地元の友達で、そのつながりからプロデューサーチーム・BCDM(現BCDMG)の『NUMBER.8』というアルバムに参加させてもらいました。

 ようやく俺は日本語ラップのシーンにエントリーしたんだけど、そこからどうやって勝ち上がっていけばいいのかがわからなかった。いまは『高校生RAP選手権』とか『フリースタイルダンジョン』とかあるから、まずはそういうところを目指せばいいんだろうけど、当時はそういうのが全然なくて。五里霧中というか。俺は“自分の作品とステージのクオリティが良ければ誰かにフックアップされる”と信じて活動してましたね(笑)。

 そういう感じは『Black Cranberry』を出したあとも続いてて。それでお笑いの人たちに注目したんです。最初に話したように芸人さんは勝ち上がり方がラッパーに近い。すごいパンチラインを生み出して、いろんな番組のひな壇に座って、自分の居場所を作っていく感じとか。芸人さんの本はたくさん読みました。その中でもビートたけしさんの『たけしくん、ハイ!』は特に好きで。女好きだし、粋な男だし、なにより生き方がラッパー的だなと思いました」

強いってどういうことなんだろう?

 アルバムでは前半から中盤にかけて、男性目線のラブソングが並ぶ。しかし9曲目「Woke Up(Skit)」でスイッチが入り、10曲目「マジ死にそう feat. AKLO」からラストの「湾岸キッド」まで、すさまじいモチベーションで駆け抜けていく。

 「去年『100』に客演したAKLOと、リミックスに参加したZORNがジョイントツアーをやったんです。二人はライブで『100』をやると一番盛り上がるって教えてくれて。俺も東京公演にゲスト出演したんですが、実際すごい盛り上がり方だったんですよ。あの経験は今回のアルバムを作る上ですごく大きなターニングポイントになりました」

 そしてJAZEE MINORは仕事を辞め、ミュージシャンとして生きていくことを決めた。そんな気持ちが「湾岸キッド」の「Uh That Way, Come With Me, That Way / 信号が変わる / 俺の目の色が変わる」という歌詞に表された。

 続けてJAZEE MINORは吉川英治の『宮本武蔵』と『板垣恵介の激闘達人烈伝』を紹介してくれた。

 「『宮本武蔵』を読んだのは中学生の頃。井上雄彦のマンガ『バガボンド』が好きだったので、原作も読んでみようと思ったんです。でもマンガと原作は全然内容が違うんですよ。『バガボンド』は武蔵が強くなっていく過程がすごく丁寧に描かれてて、たまに負けたりもする。いろんな葛藤とか、そこに至る心理描写もすごいし。けど、原作の武蔵は最初から最強で。当時は男の強さに興味があったんです。マンガと原作を読み比べていくうちに、“強いってどういうことなんだろう?”って考えるようになりました。そういう興味から空手も始めました。

 で、格闘マンガの『グラップラー刃牙』にハマるんです。実は『刃牙』って実在の人物をモデルにキャラ作りしてることが多い。例えば花山薫っていうキャラのモデルは花形敬っていう実在の喧嘩屋だし。そういうのを知って、当時自分で『刃牙』のキャラの元ネタをいろいろ調べてたんです。この『板垣恵介の激闘達人烈伝』はそんな時に出た本。まさに『刃牙』のキャラの元ネタになった人たちの伝説が書かれていました。武の世界ってかなりクローズドで、しかも鉄の上下関係がある。だから突き詰めると宗教じみてくるんです。派閥とかもすごいし。そういう環境から生まれてきたエピソードが面白すぎました。

 俺がこの本で一番食らったのは、渋川剛気というキャラの元ネタになった塩田剛三の話。塩田さんはすごい小さい人なんだけど、合気道の達人なんです。この本には弟子が語る塩田さんの伝説が書かれてるんですけど、それがもう常軌を逸してる。ある日、塩田さんの道場に道場破りが来たんです。めちゃめちゃデカいやつ。そいつは空手かなんかをやってたみたいで、塩田さんに蹴りを入れようしたんですよ。そしたら、なぜかその道場破りは足を折ってしまった。合気道は相手の力を利用する武術なので、塩田さんはその道場破りの力を利用したんでしょうね。弟子がその道場破りを病院に連れて行ったんですけど、そこで医者が言った一言がすごくて。『この人はダンプカーに足を轢かれたんですか?』って。どんだけ〜?って感じですよね(笑)。

 でも塩田さんは俺の中にあった“強さとは?”という問いにも答えてくれてたんですよ。彼は、強さとは圧倒的な力を持つことではなく、自分を殺しに来た人間とも友達になれることだって。結局、敵は自分というか。自分を信じて音楽と真摯に向き合い続ければ、道はひらけてくるのかなと思いました。今回紹介した3冊の本は、全部いろんな意味で粋なオトコ達が描かれています。『WOKE UP』をリリースして、仕事も辞めて、腹も括ったんで、中学の時に読んだ本に出てきた、この粋な男に俺自身も近づいていきたいですね」

 取材が終わった後、JAZEE MINORは「海外にも行きたいんですよ。別に自分の可能性を日本に限定する必要もないかなと思って。仕事がないなら自分で作っちゃえばいいやって思ってます」とも話していた。ギアが入ったJAZEE MINORの今後の活躍が楽しみだ。

JAZEE MINOR “Chopper Fire” feat. HIYADAM