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気鋭の評論家・荻上チキ×人気絵本作家・ヨシタケシンスケ  共著『みらいめがね それでは息がつまるので』を語る

荻上チキさん(左)とヨシタケシンスケさん(右)/写真・中村彰宏

荻上 最初に、このエッセイにつけるイラストの依頼が来た時に、どうお感じになったのですか。

ヨシタケ やってみたいと思いました。もともとイラストレーターなので、来たものに対して、ちょうどいい着地点で打ち返すことの面白さ、やりがいを日々感じているし、「暮しの手帖」が実家にずっとあったので、楽しみでした。

荻上 この連載がワクワクする仕事だなっていう印象はあったんです。それに、ヨシタケさんがイラストをOKしてくれて。いい連載になるのは間違いないと思いました。ヨシタケさんがついてくれることで、「こういうことを書いても、きっと面白おかしくしてくれるだろう」と。困らせるとは思わなかったけれども、受け止めてくれるだろうと、そんな信頼感はありました。

ヨシタケ そう思ってくれることは嬉しいですね。新しい原稿を読むたびに「勘弁してくれ」と思うんです。「この間はあれができたんだから、これもできるはず」という、自分の中のチャレンジになっています。

このエッセイでは、初めて自分の内面を書きました。(荻上)

荻上 もともとは、社会問題について「論理の言葉」で語るのが仕事ですが、この連載では、内面的なことや身近な人との関係性のことを「情念の言葉」で語っています。連載を始めたころからうつ病になっていて、3話「人生病、リハビリ中」を書くころには、症状が悪化して、それしか考えられなくなり、それをそのまま書きました。

暮しの手帖編集部(以下編集部) 病気であるとか、今までとは考えが変わったということは、反映されているのですか。

荻上 最初のコンセプトは、幅広い読者に分かるようにエピソードを入れて、30代の感覚、つまり子育てや同性婚を含めた家族観を伝える、というオーダーでした。1話「女の子の生き方」はジェンダー、2話「誰もが笑いあえる社会」はセクシュアル・マイノリティで、そこまでは講師役として書いていたのですが、3話「人生病、リハビリ中」からは完全に当事者モードに変わりました。

編集部 ヨシタケさんには、荻上さんの原稿を読んでから、イラストを描いていただいています。

ヨシタケ そうですね。やはり3話から、描くのが難しくなりました。自分で決めているルールとして、実在の人物に、こちらで勝手に台詞を言わせることはしません。テーマから外れずに、それでいて本人を描かない。それが、どの仕事にも共通しているアプローチの方法です。

イラストは、「当たらずといえども遠からず」の距離感が基準。(ヨシタケ)

荻上 3話のイラストを見た時にすごく感動して、「すごくない? よくない?」と知り合いに見せまくりました。うつ病とかいろんな生きづらさを抱えている人たちがいて、「そのことを言い出しにくいよね」っていう感覚と、「それでも周りがよりサポーティブに関われる状況になるとハッピーだよね」っていうことを、うつ病の苦しみの中で書きました。そのイラストは、新薬を使うと、うつのつらさが髪の癖になって表れて、周囲の人にも分かるというものです。内面的な「一人称の世界」を、ヨシタケさんは「二人以上が登場する、別の人々の話」に置き換えてくれました。実際のうつ病の人が、「そんな髪の毛に出る薬なんて、クスッ」って笑いながら、「そうなるといいな」ってほっこりした様を的確にとらえてくださって、すごく感動しました。

ヨシタケ ありがとうございます。あの話を髪の毛に落とし込むというのは、「いろんな問題をクリアする着地点はここ」というのが、結構ピンポイントで。あれを見つけた時にはほっとしました。イラストは、パッと見て嘘だと分かるけど、「当たらずといえども遠からず」というところを目指しています。3話は、その後の連載を続けるにあたり、距離感の一つの基準になりました。

エッセイには、毎回新しい概念や言葉を入れています。(荻上)

ヨシタケ 毎回ちょこちょこ出てくる荻上さん個人の心の癖みたいなものが、僕にもすごく共感できることがあって。8話の「僕の声とラジオ」にあった、「インポスター現象※」の話は、「俺、これだったんだ」と腑に落ちました。不当に高く評価されている化けの皮がはがれるかもしれない、それで、みんなから袋叩きに遭うかもしれない、という感じが同じで、びっくりしました。

※インポスター現象:褒められたり、称賛されたりした時に、嬉しさよりも怖さや不安、罪の意識を感じてしまう心理。

荻上 エッセイには、自分なりの分かりやすさで体験を書きつつ、毎回何か二つは、新しい概念とか言葉を入れています。インポスター現象? あるある! と初めて知った人が、次に始めるのはたいてい自分の話なんです。「たとえば彼もさ」ではなくて、「自分も実は」っていう自己語りが始まっていく。そうさせるのが優れた概念や言葉だと思うんですね。エッセイを読んだ方が、自己開示みたいなモードに入ってくれたら、すごく嬉しいですね。
 つらい学校生活をゲームによって乗り越えた経験を書いた14話「いたるところに教材あり」では、ヨシタケさんのイラストは、講師が孫のビデオを見せる話になっていて。そう見ると腑に落ちて、「やられた」みたいな気がしました。読者の受け止め方を先回りして、エッセイと読者の橋渡しをしている……。

ヨシタケ この文章は、「こういうふうに読み取れる」。ということは、「全然違う読み取り方もできるな」という、ある意味極端な具体例をイラストで提案しています。読んでくださる方が、「自分だったら」と何かを考えだすきっかけになったら、一番理想的ですね。

この連載の「みらいめがね」というタイトルはどこからきたんですか。(ヨシタケ)

荻上 日常の何かを大きく改善するような連載ではないので、本になるとは思いませんでした。

ヨシタケ 僕も、他の方の文章に絵をつけたのがまとまるのは、ほぼ初めてかもしれません。

荻上 今回は共同連載という形なので、仕上がりを見ると、たぶん読んでいる方も納得の……。

ヨシタケ そう思ってくださると、毎回やらせていただいた甲斐があります。それぞれのアプローチがあるということを、面白がってもらえれば嬉しいですね。ところで、「みらいめがね」って、そもそもどこからきたんですか。

荻上 僕は『未来をつくる権利』という本を出しているんです。未来を考えがちな評論家の僕がめがねをかけているから、未来を見通すめがね……です、たぶん。

編集部 単行本は連載同様、本文のイラストに色がつき、表紙とカバーの組み合わせに仕掛けがある楽しい作りです。ぜひ書店でご覧ください。

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(聞き手:暮しの手帖編集部 この原稿は5月25日発売予定の「暮しの手帖」100号掲載記事「荻上チキ×ヨシタケシンスケ<みらいめがね>って何?」を再構成したものです)