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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #1 台湾へ 旅の一歩、葛藤に突き動かされ

文:東山彰良 写真:河合真人

 春の兆しが日に日に強まっていくころ、私は朝日新聞社の小型ジェット機「あすか」に乗りこみ、台湾を上空から鳥瞰(ちょうかん)すべく福岡空港を飛び発った。

 なぜそんなことをするのかと言えば、理由は単純明快、このエッセーの連載をドドンと派手に始めたかったからである。

 私にとって、今年は転機の年だ。長らく作家業と大学非常勤講師という二足の草鞋(わらじ)を履いてきたが、50歳を迎えたのを潮に専業作家になった。子供たちは成長し、彼らが赤ん坊のころに私を怯(おび)えさせた現実は静かに遠ざかろうとしている。悲喜こもごもの、あのかまびすしい日々を私はこれから懐かしく思い出すことだろう。じつのところ、もうすでに懐かしい。子供たちのおかげで私は父親になれた。それはとても素晴らしい経験だった。彼らが巣立ったあと、私はこれからゆっくりと心の空白を埋め、時間をかけて本来の自分自身を取り戻していかねばならない。まさにそんなとき、顔馴染(なじ)みの記者に持ちかけられたのである。

 旅に出ませんか、と。

朝日新聞社機による台湾フライトについて、パイロットから説明を受ける東山彰良さん

 空はあいにくの雨模様だったが、我々の「あすか」はまるでホームランボールのようにぐんぐん上昇をつづけた。

 初日のフライトではいったん石垣島に着陸して給油し、それから与那国島まで飛び、そこから台湾を見晴るかす計画だった。パイロットの話では、与那国から台湾までは直線で飛べば15分ほどの距離である。福岡から釜山へ行くよりうんと近い。飛行方式やら防空識別圏やらのややこしい事情でまっすぐ飛ぶわけにはいかないが(まるで人生のようだ!)、それでも30分ほどで到達できる。それくらいの距離であれば、千メートル上空から充分に台湾が望めるはずだった。

 が、好事魔多しである。やがて雲の上に出たのだが、窓の外には一面の雲海が広がるばかりで、陸地はおろか、おぼろな島影すら見えなかった。寒冷前線が台湾から九州にかけて延び出しているためだった。

 まあ、どうということもない。私は作家で、たとえこの目で見なくとも、まるで見てきたかのように書くことができる。この分厚い雲を突き抜けた先のどこかで女たちに、未来に、あらゆるものに会える――そんなジャック・ケルアック的な旅情は、もはや若いころのように私の胸を焦がすことはない。怒りと見分けのつかないあのヒリヒリした憧憬(しょうけい)を、私は生活と引き換えに手放してしまった。

 そう思っていた。

旅の初日、台湾が望める与那国島の最西端上空を飛ぶ。鉛色の雲が低く垂れ込めていた

 霞(かすみ)に閉ざされた水平線をぼんやり眺めていると、少年時代と現在を隔てている時間が溶けだし、混ざり合っていくのが感じられた。私は軽い眩暈(めまい)を覚えた。ヘルマン・ヘッセが『シッダルタ』のなかで描いていた真理に、指先がほんの少し触れたような気がした。つまり、過去も現在も未来もすべては同時に在るというあの真理に。過去の私のなかにはすでに現在の私がいて、現在の私のなかにも過去の私を見出(みいだ)すことができる。

 いまや私は冷徹に、何事にも動じることなく効果的な嘘(うそ)がつける。だって作家だもの。だけど、それと同時に私のなかにはまだ荒々しいなにかがくすぶっていた。効果的な文章などくそ喰(く)らえだ。肌で感じて、腹の底から吐き出した文章でないかぎり、誰にも届かない。なにより、私自身に届かない。そして、頭のなかにコーラスが流れこむ。

 A time to be born, a time to die
 A time to plant, a time to reap
 A time to kill, a time to heal
 A time to laugh, a time to weep
 To everything there is a season
 And a time to every purpose under heaven

 「生まれる時、死ぬ時/植える時、刈り取る時/殺す時、癒す時/笑う時、泣く時/あらゆる物事には時機があり/天の下、すべての目的にはそれにふさわしい時がある」。言わずと知れたザ・バーズの名曲、「Turn! Turn! Turn!」だ。ピート・シーガーが旧約聖書の「コヘレトの言葉」の一節を拝借してつくった。

 神様に言われるまでもなく、そう、物事は草花のように時機を捉えてほころぶ。苛立(いらだ)ちというガソリンを燃やして走っていた旅が終わる時、生活をきちんと整えるべき時、みんなを幸せにする時、そしてふと気がつけば長い道のりの大半を歩き終え、新しい旅を始める時が訪れていた。

 小説と旅は似ている。物語を突き動かすのは葛藤だが、旅だってそうだ。私たちは、自分では処理もできなければ理解もできない衝動に突き動かされて最初の一文、もしくは最初の一歩を踏み出す。魂に抱えこんだ葛藤をどうにかなだめるために。小説と旅がこれからの私を定義していく。今回はその手始めだ。

雨模様の中、台湾をめざす本社機が厚い雲を抜けた。太陽の光が差し込みメモをとる東山さんの手元を照らした。旅が始まった

 日本から台湾を眺めることはあきらめて、その日は石垣島のホテルに投宿した。
 ひとりで路地をぶらぶら歩いていると、店先でふたりの婆(ばあ)さんが立ち話をしていた。ひとりは店の婆さんらしく、低い椅子に腰かけていた。もうひとりは近所の婆さんという風情で、買い物籠をさげている。どこでも見かける風景だが、婆さんたちが話していたのは島の言葉ではなく、台湾語だった。石垣は那覇よりも台湾へ行くほうがうんと近い。だから、台湾人がたくさん移住してきた。くつろいだ様子のおバアたちは、台湾語で話していた。まるで故郷にでもいるかのように。

 私はもうかなり近くまで来ているのだ。=朝日新聞2019年4月20日掲載

連載開始にあたって 東山彰良

 大学のころ、なんの下準備もなく衝動的に関釜フェリーに飛び乗り、韓国へ渡った。ひとりで2週間ほどうろつきまわり、旅に取り憑(つ)かれた。アルバイトをして金を貯(た)め、つぎはマレー半島をほっつき歩いた。以来、30年以上も旅を夢見ている。
 これから月に1度、紀行文を書かせてもらう。遠くまで足をのばすこともあれば、近場を散策することもある。距離は問題じゃない。距離でしか旅を測れないのは、顔でしか女性を見ないのと同じことだ。
 旅をしなけりゃ意味がない――。どこかで聞いたような気もするが、私にとっては本当のことなのだから仕方がない。
 乞うご期待!