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歴史の敗者たちの言い分 書評家・大矢博子

大矢博子が薦める文庫この新刊!

  1. 『某(それがし)には策があり申す 島左近の野望』 谷津矢車著 ハルキ文庫 886円
  2. 『くせものの譜』 簑輪諒著 文春文庫 994円
  3. 『竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末』(上・下) 上田秀人著 講談社時代小説文庫 各886円

 歴史は勝者が作る、とよく言われる。だが敗者にも言い分はあるのだ。今回は負けた側を描いた3作。

 (1)陣借り(雇われ)の客将として大名のもとを渡り歩いた島左近。出世はどうでもいい、天下を分ける大戦(おおいくさ)で思い切り腕を振るいたい。そして石田三成と出会った左近は、運命の関ケ原へ……。「義の人」の印象が強い島左近を、戦しか頭にないフリーランスの専門職として描いた新機軸。戦の世が終わろうとする中、「戦に生き、戦に死にたいのだ」という姿に清々(すがすが)しさと切なさが同居する。

 (2)仕えた家がことごとく負けるため、「厄神」と呼ばれた御宿(みしゅく)勘兵衛。彼が関わった武田、北条、佐々、結城での出来事を連作形式で描く。依田信蕃(のぶしげ)、久世但馬、野本右近、伊達与兵衛らメジャーとはいえない武将たちのドラマが圧巻だ。そして最終話、大坂の陣で豊臣方にくせものたちが集結する。「なにも為(な)せなかったことが、初めから、なにも為そうとしなかったことと同じだとは、右近にはどうしても思えない」という一文が強く胸に残った。

 (3)奥羽越列藩同盟の成立に尽力した仙台藩士・玉虫左太夫の物語である。玉虫は遣米使節団の一員として世界を巡り、最新の知識を学んで帰国。ところが日本では戊辰戦争が勃発、旧弊から抜け出せない仙台藩は玉虫の知見を生かすことができない。彼が列藩同盟に託した「衆議、共済、平等」という理想は諸外国から賞賛(しょうさん)されるも、「百年早かった」と自嘲する玉虫。彼が今の世を見たら何と言うだろうか。=朝日新聞2019年5月25日掲載