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最終回は切り絵作家の成田一徹さんに捧げる「to the Bar」 氷なしのハイボールを一杯

文・イラスト:藤原ヒロユキ

To The Beer Bar~ちょいのみ親父の探訪記~ 第50回「ロックフィッシュ」(東京・銀座)

 銀座7丁目の「ロックフィッシュ」は、ビールに特化したバーではない。
 むしろ、“ハイボールに特化した店”と言ったほうがいい。ほとんどの客はハイボールを飲んでいる。ビールマニアの私ですら、この店での第一声は「ハイボールを」である。
 ここのハイボールは今流行りの“氷ガバガバのハイボール”ではなく、冷やしたウイスキーと炭酸で作る“氷なしのハイボール”だ。

 私が氷なしのハイボールの味を覚えたのは、「コウベハイボール」という神戸の朝日会館の地下にあったバーだ。スイングドア、スタンディングのカウンター、白いバーコートに黒いボウタイのバーテンダー。ビルの改築に伴い1990年に閉店してしまったのは残念な限りだ。
 その後、大阪の「サンボア」、そして銀座の「ロックフィッシュ」に至り、私は完全なる“ハイボールに氷は必要ない主義者”になったのである。

 私の手元に一冊の本がある。『酒場の絵本』という16cm×16cmの四角い本だ。
 表紙を開くと「S63.6.4.藤原ヒロユキ様 成田徹」というサインが記されている。切り絵作家の成田一徹さんが、まだ本名の成田徹という名で自費出版した本だ。昭和63年は成田さんが勤め人をやめて切り絵作家として独立した年である。

 『酒場の絵本』は田中正樹さんの散文的な文章も加わり、古き良き神戸のバーのムードがあふれた傑作である。成田さんの切り絵も、後期の作よりも線が太く素朴な感じがする。当時大阪でイラストレーターとして仕事をしていた私は、この本に深く感動し、編集者づてに成田さんを紹介してもらい、サインをもらった。それが「S63.6.4.藤原ヒロユキ様 成田徹」である。

 その後、同時期に東京に拠点を移したこともあり、何度かお目にかかったが、お互い忙しくなり直接の交流がなくなってしまった。
 しかし、成田さんの切り絵は数多のバーに飾られているため、一方的に“お目にかかった”気分でいた。
 成田さんの作品は“モノトーンの切り絵”という“私と正反対の画風=私には描けない”世界である。

 私の手元に、さらに3冊の本がある。『To the bar 日本のBAR64選』(成星出版)と『TO THE BAR 日本のBAR74選』(朝日新聞社)と『NARITA ITTETSU to the BAR』(神戸新聞総合出版センター)だ。
 ちなみに、3冊とも表紙は、神戸の「ルル」というバーの切り絵である。神戸を襲った大震災で無くなってしまったこのバーには私もかなりの思い出があるが、書き出すと長くなり、最後は涙することになるので、またの機会にしておきたいが、それとて成田さんの思い入れに比べると陳腐なストーリーに過ぎないのだと思う。

 もうお気づきであろう。私のこの連載「To The Beer Bar」というタイトルは、成田さんへのオマージュに他ならない。

 実は、この連載を始める際に、一番初めに描いたのが今回の「ロックフィッシュ」のイラストである。それをあえて最終回まで温存しておいた。
 さらに、失礼を承知で、この「ロックフィッシュ」のイラストは、成田さんの「ロックフィッシュ」の切り絵と同じアングルで描かせていただいた。
 そのため、このイラストは今の「ロックフィッシュ」ではなく、移転前の「ロックフィッシュ」である。伝説のバー「クール」のあったビルの2階の一番奥にあった、「ロックフィッシュ」だ。

 私が「ロックフィッシュ」を訪れるお目当は、氷なしハイボールだけではない。
 ハイボールを飲み干したあと、2杯目のオーダーは「世界一おいしく注がれたザ・プレミアムモルツを」である。
 オーナーバーテンダーの間口っちゃんが、グラスに瓶を逆さまに突き刺し、ゆっくりと引き上げていくと、クリーミーな泡がフワッと出来上がる。
 これ、真似しようとしても出来ないんだよねぇ(苦笑)。
 柔らかい泡の口当たりと沸き立つホップとモルトのフレーバー。やっぱ、美味しいわぁ。

 成田一徹さんは2012年10月、帰らぬ人となった。
 以前、間口っちゃんは「うちは成田さんに3回、切ってもらいました」と嬉しそうに言っていたことがある。バーテンダー達は成田さんに描いてもらうことを「切ってもらう」と言う。
 移転した新しい「ロックフィッシュ」を成田さんならば、どう切るのだろうか? 
 私なら‥‥‥、どう描こうかなぁ。

 思いを馳せながら、もう1杯。ハイボールorビール?
 最後は、やっぱビールかなぁ。
 私の場合、今宵も「To The Beer Bar」で。

 銀座の「ロックフィッシュ」。
 本当に、いい店だ。また訪れたくなる。

(この連載は今回で終わります)