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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #2 台北を歩く 雨が呼んだ、胡乱な街の記憶

文・東山彰良 写真・河合真人

 とにかく、雨に祟(たた)られた旅だった。

 この連載を華々しく始めるにあたって、私は朝日新聞社の小型ジェット機「あすか」で台北を目指した。台北では、私の幼少期の記憶を喚起してくれるところを漫(そぞ)ろ歩くつもりだった。すっかり忘却の彼方(かなた)に遠ざかってしまった思い出も、もしかするとまだそんな場所にうっすらと漂っているかもしれない。叶(かな)うことなら、とうの昔に私のポケットからこぼれ落ちてしまった物語の欠片(かけら)を拾いあつめたかった。

 台北は愉快な街だけど、雨降りのときまで愉快だというわけではない。道路は混み合い、濡(ぬ)れたゴミが悪臭を放ち、人々は傘に目を突かれそうになって短気を起こす。汚れた雨粒が頭に垂れ、心にまで染みこみ、なにかをしようという気力をくじく。

 この世の終わりまでホテルの部屋に閉じこもってテレビを観(み)ていたいが、そういうわけにもいかない。同行の記者やパイロットたちは、なにも私を遊ばせておくためにわざわざ台湾くんだりまで社機を飛ばしてくれたわけではない。それに雨が降っているからといって、記憶が洗い流されるわけではない。それどころか、好天の陽光を苦手とする記憶が、ひょっこり顔を出すかもしれない。

 私たちは雨が降ったらぜったいに近づきたくない龍山寺へ出かけ、湿った臭気の充満する南門市場を冷やかし、土砂降りの雨を虚(うつ)ろに見上げながら古き良き南機場夜市で餃子(ぎょうざ)を食べた。龍山寺は観光客ひしめく古刹(こさつ)で、萬華というところにある。濡れたスニーカーに毒づきながらその周辺をぶらぶら歩いていたとき、母とこの胡乱(うろん)な界隈(かいわい)に迷いこんだことをふと思い出した。

台北最古の寺、龍山寺。多くの参拝客や観光客がひっきりなしに訪れる

 あれは小学2年生のことだったと思うのだが、定かではない。私は5歳で日本に来たので、それ以前の記憶かもしれない。いずれにせよ、40年以上もまえのことだ。

 その日、私はミドリ亀を1匹もらった。誰にもらったのかは憶(おぼ)えてない。伯父だったかもしれないし、大叔父だったかもしれない。私には実の父親のほかに義理の父親もいたので、その人かもしれない。義理の父親といっても、家庭内に複雑な状況があったわけではない。中国人にはよくあることで、祖父がこれと見込んだ人に、いわば後見人のようなかたちで義理の親(乾〈ガンバア〉とか乾〈ガンディエ〉と呼ぶ)を引き受けてもらうのだ。

 さて、それまで亀のことは知っていたけれど、詳しくは知らなかった。あんな愛らしい生き物がまさか自分のものになるとは思ってもみなかった。小さな手足に、まるで七宝焼のような誇らしい甲羅。眼光は鋭く、全身が緑色に輝いていた。こいつはいずれ大物になるぞという予感に私は打ち震えた。

 私はたちまち亀の虜(とりこ)になった。世界中の亀を1匹残らず所有したくなり、どうすればいいか知恵を絞った。千里の道も一歩からで、私は「亀がひとりぼっちでは可哀想だ、友達をつくってあげたい」と哀れっぽく大人たちに訴えた。祖母は生き物が大嫌いなので、孫の懇願など歯牙(しが)にもかけない。伯父は気分屋で、気が向いたときだけしかガキの相手をしない。

 私の子供らしい策略にほだされたのは母だけだった。しつこくつきまとわれて根負けし、とうとう首を縦にふったのである。私は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。そうはいっても、いまのようにインターネットもスマホもない時代である。どこへ行けば亀が買えるのか、とんと見当もつかなかった。

 母が私を連れていったのが、そう、萬華だったのである。

 あのころ、的屋の巣窟といえば、これはもう誰がなんと言おうと萬華だった。いかがわしいものなら、なんでもござれだった。母と私はちっぽけな亀を求めて、萬華の路地裏をさまよった。まるで別天地だった。そこは狭くて、汚れていて、だけど底が知れないほど奥が深かった。スリップ一枚の女がドアによりかかって煙草(たばこ)を吸い、老婆が盥(たらい)の水を表にぶちまける。母が勇気を出して刺青の男に亀のことを尋ねてくれたが、眠たげな目で「知らない」と言われただけだった。私たちは早々に退散した……。

何を食べようかな?…昔ながらの風情を残す南機場夜市。さまざまな店舗の軒を連ねる

 母と亀を探しまわった日の天気がどうだったのか、私はもう憶(おぼ)えていない。夕陽(ゆうひ)が路地を赤く染めていたような気もするし、曇天だったような気もする。だけど、いっこうに降りやまない雨に打たれていると、この雨はあの日の午後からずっと降りつづいているのだという気がしてくる。

 あの日、私はたしかになにかを感じた。世界にはけっして私を受け入れてはくれない場所が存在することを。萬華のよそよそしさは40年経ったいまも少しも変わらない。静かに降りしきる雨に私は凍えていた。

 こんなときは酒だ!

 私は同行の記者たちを引き連れて、熱炒店(台湾の居酒屋)がひしめく長安東路に繰り出し、大いに飲み食いした。最近刺青師になった私の不良の従妹(いとこ)や、たまたま映画のプロモーションで台湾を訪れていた漫画家の歌川たいじさんらが途中から合流し、乾杯に次ぐ乾杯で浴びるほど飲んだ。私たちは一丸となって紹興酒をやっつけ、ビールを30本近く空けた。

 まあ、終わってみれば、それほど悪い旅でもなかった。=朝日新聞2019年5月25日掲載

【動画】東山彰良さんと台湾のソウルフード=佐々木亮撮影