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てんこもりの要素、まとめきる 大塚已愛「ネガレアリテの悪魔」「鬼憑き十兵衛」

 19世紀末ロンドン。貴族の娘・エディスはなじみの画廊に誇らしげに飾られていた「ルーベンスの未発表作品」が贋作(がんさく)であると気づく。だが、それが原因で彼女は絵画から出現した怪物に襲われてしまう。彼女の危機を救ったのは日本刀を持った青年紳士・サミュエルだった……。

 第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した大塚已愛(いちか)『ネガレアリテの悪魔 贋者(にせもの)たちの輪舞曲(ロンド)』は、一言でいえば「てんこもり」の作品。その要素を羅列するだけでも紙幅が足らないほどだ。色彩の反転した「反現実(ネガレアリテ)」の世界で、日本刀と祝詞(のりと)を武器に怪物と渡り合う謎多き美青年、という時点ですでに盛りだくさんなのに、さらにその戦いはローレンスやターナーといった画家の贋作を巡る美術についての物語でもある。ヴィクトリア朝末期のイギリスを舞台に史実上の人物が次々登場する歴史ロマンでもあり、次第に明らかになるサミュエルの正体とともに壮大なオカルト的世界観が見え隠れ、と豪華絢爛(けんらん)な作品だ。一方、贋作という運命を背負わされた絵画と、それを生み出さざるをえなかった人たちの罪と想(おも)いに寄り添い、受け止めていくという繊細な側面も持ち合わせている。これだけの要素を「贋物として生まれたものたち」というテーマで一冊にまとめきっているのだから新人離れした才能だ。

 そんな著者の大塚已愛だが、実は本作とほぼ同時期に、日本ファンタジーノベル大賞2018も受賞している。受賞作は3月に刊行された『鬼憑(つ)き十兵衛』(新潮社・1620円)であり、熊本藩・細川家に仕えた剣術指南役・松山主水の暗殺事件という史実を出発点にした時代伝奇だ。父である主水を殺され、自身も重傷を負った少年・十兵衛は、みずからを鬼と名乗る美しき青年・大悲に命を助けられ、そのまま彼を相棒に、敵討ちの道行きに出ることに。エディスとサミュエルとはまた違う魅力を持った2人を描くバディものであり、また知る人ぞ知る史実を、海を越えた世界といにしえの歴史をめぐる戦いへと風呂敷を広げていく様も見事である。

 一冊だけでも十分、驚きの新人賞受賞作を、相次いで二冊も続けて味わえて評者は、とても幸せである。読者の方もぜひ、二冊一緒にどうぞ。=朝日新聞2019年5月18日掲載