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「本当の強さとはどういうことか?」 KILLA EAT(DMF)の人生観に影響を与えた3冊

文:宮崎敬太、写真:山田秀隆

 「もともとKNZZと10年くらい前から友達だったんですよ。でも音楽の話をする間柄ではなくて、本当に一緒に遊んだりする感じでした。俺は俺でラップをやったりやらなかったりという時期が結構続いてました。そしたら去年、KNZZから電話がかかってきて『トニー(A-THUG)くんが一緒にやろうって言ってる』と言うんです。最初はびっくりしました。トニーくんとは数年前に軽く話したことがあったけど、当時はそこまで親しい間柄ではなかったから。でもトニーくんが誘ってくれるならやるしかないと思って、DMFに加入しました」

 「DMF Presents CAN'T BAN DA KILLA EAT」は街に渦巻く欲望や悲しみ、愛が表現された作品だ。ハードボイルド、エログロ、バイオレンス。断片的に描写されたシーンが連なることで1本の映画のような物語が浮かび上がるアルバムとなっている。今回の「ラッパーたちの読書メソッド」ではKILLA EATがどんな読書をしてきたのか教えてもらった。取材はKILLA EATがマスターを務める新宿・歌舞伎町のバー「沼」で行った。

DMF PACKAGE / PKG

「必殺剣」ではなく「必死剣」とは何か?

 「数年前に刑務所にいたことがあって、今回紹介する何冊かは中にいた時に読みました。刑務所って慣れちゃうと暇なんですよ。だからシャバにいる仲間によく本を差し入れてもらってました。最初にハマったのは、池波正太郎の『鬼平犯科帳』ですね。もともと時代劇なんて全然興味なかったんだけど、なんとなく読み始めたらとにかく面白くて。鬼平って妾の子供なんですよ。しかも若い頃は不良だった。でもいろいろあって家業の奉行になる。もともと不良だったから洞察力がすごくて、どんどん出世していくって話で。人情派であると同時に、恐ろしいほど厳しい面もあって、とにかく面白かった。それで時代劇を見直したというか」

 そう前置きしてKILLA EATが紹介してくれたのが「必死剣鳥刺し」という藤沢周平の短編小説。『隠し剣孤影抄』という短編集に収められている。この短編集は武芸の達人が「隠し剣」と呼ばれる秘伝の技を披露するまで過程が描かれている。ちなみに近年本書から「必死剣鳥刺し」「隠し剣鬼ノ爪」が映画化された。

 「『鬼平』から時代劇にハマっていろいろ読みました。本当にたくさん読んだからどの本を読んだとか、どういうところが面白かったとか、結構忘れちゃってるんだけど、この『必死剣鳥刺し』はあまりにも衝撃的だったんでよく覚えてます。

 小説やマンガでよく『必殺技』とか『必殺剣』ってありますよね? でもこれは『必死剣』なんですよ。『何それ? 必死剣?』みたいな感じで読み進めてました。話自体は普通に面白くて。主人公は藩の政治をめちゃくちゃにした藩主の妾を決死の覚悟でぶっ殺すんです。藩主の妾を殺すのってめちゃくちゃやばいんですよ。下手したら主人公だけじゃなくて、家族はもちろん一族郎党まで処罰される可能性がある。でも藩で暮らす農民や町民たちの現状を見かねて、決死の覚悟で実行するんです。主人公はそういう男なんです。人情味もあって、しかも強い。でもなぜか、妾を殺した罪はほとんど問われなかった。そこから主人公は藩政の権力闘争に巻き込まれていく。

 でもいくら読んでも全然『必死剣』が出てこないんですよ。途中で強い敵が出てくるけど、それも普通に戦って勝っちゃう。しかも最後の最後で主人公が負けちゃうんです。『あれ、必死剣は?』って思ったら、『必死剣鳥刺し』は主人公が死んでから発動する技だったんです。死んだあとに動き出して敵を倒す。その発想に驚きました。だって、この技は生きてる時は絶対に繰り出せないわけで。だから修行もへったくれもないというか。何を目標にすればいいのかわからない。そんな主人公の覚悟とか、技を会得するまでの過程とか、信じる心とか、本当にいろんなことを考えさせられる短編でした」

阿片中毒になった人間を火葬すると、頭蓋骨にピンクの斑点が……

 「あと新渡戸稲造の『武士道』も読みました。でも全然意味がわからんかった(笑)。あの本ってもともと新渡戸稲造が海外向けに英語で書いたものを、日本でも読めるように別の人が日本語訳した本なんです。俺が読んだバージョンは翻訳もすごく変な感じだったから、二重の意味で訳わからん。でもまあ結局は『武士とは死に様だ』みたいなことで。さっきの『必死剣鳥刺し』にも言えることなんですけど、そもそも『武士道』以前に侍にはいろんなルールがあったらしいですよね。どの本で読んだのかは忘れたけど、自分の主君を殺された部下は『切腹させてほしい』と願い出ても、『仇討(あだう)ちを済ませてからじゃないと切腹はさせない』と言われるらしくて。そいつは自分が切腹するために、主君の仇(かたき)を討ちに行くっていうものすごい世界だった。昔の話だから現在ではなかなか共感しづらいものではあるけど、自分の死に方ということについてはちょっと考えさせられました」

 KILLA EATが自らの死に方について考える中で、大きな影響を受けたのが佐野眞一の『阿片王 満州の夜と霧』だった。この本は1930年代に満州国で暗躍した里見甫の半生を描いたノンフィクション。元ジャーナリストで、のちに実業家となり、大日本帝国の関東軍と結託して大量の阿片を入手して、さまざまな人間たちを篭絡した。

 「里見甫はもともと新聞記者だったんですよ。取材活動を通じて、関東軍や中国の国民党と懇意になって、両者をつないだりしてた。その中でさまざまな秘密工作に関わるようになる。満州事変以降は、関東軍の諜報部と一緒に活動して中国のマフィアみたいなやつらともつながる。そこから大量の阿片を入手するんです。

 関東軍は中国の清王朝最後の皇帝である愛新覚羅溥儀を担ぎ上げて満州国のトップにするんですよ。これは映画『ラストエンペラー』でも描かれているんですが完全な傀儡政権で。関東軍と溥儀をあやつるために里見の阿片を使った。里見は阿片で男も女も狂わせて、そいつらを意のままに操りました。最終的には溥儀やその妻まで阿片中毒にさせてしまう。里見は本当に汚い男だと思うし、やったこともひどすぎる。関係者全員に恨まれたし。だけど、この本を読む限り、力を持つことを楽しんでいるようには思えなかった。里見には能力があった。そして同時にそういうことをせざるをえない状況でもあった。だから彼はやっただけのように思えました。

 この本で面白いと思ったのは、阿片中毒になった人間を火葬すると頭蓋骨の眉間のあたりがピンク色になるって部分。俺、ピンクが好きなんですよ。眉間がピンクになるなら、阿片をやってみたいと思いました(笑)。ムショの中には麻薬の売人もたくさんいたから、阿片について聞いてみると、全員が『あれだけには絶対に手を出すな』と言うんです。中毒になって、阿片が切れると身体中がものすごく痛くなるらしくて。だからやめられない。『ラストエンペラー』にも阿片窟のシーンがありましよね。

 俺はこの『阿片王』を読んでから、阿片中毒になって死にたいと思うようになりました。めちゃくちゃ金稼いでロケット買って、仲間や女もいっぱい連れて宇宙に行く。そこで阿片をやるんです。で、俺以外の人間はみんな脱出させて、一人になった時ロケットを爆発させて死ぬ。その時俺の頭蓋骨の眉間はピンクになってるだろうか?って。でもムショを出たらそんな野望は、すっかり忘れちゃったんですけどね(笑)」

本当の強さとは自分の弱さを乗り越えること

 最後に紹介してくれたのは『銃夢』というマンガ。今年(2019年)「アリータ: バトル・エンジェル」としてハリウッドで映画化された。『銃夢』は1990年から95年まで「ビジネスジャンプ」で連載された。サイバーパンクと格闘を織り交ぜた作風でコアなファンを獲得し、2000年に続編『銃夢 Last Order』がスタート。途中出版社が変更になり、14年まで続いた。さらにその続編にあたる最終章『銃夢火星戦記』が現在「イブニング」にて連載中だ。

 「『銃夢』を読んだのは高校生の頃。青森の地元に貸し本屋があって。俺、ロボットやメカが好きだから、何気なく手にとって立ち読みしたんです。そしたらあまりに面白くて、その場で全巻立ち読みしました。当然、借りてまた読んで。主人公のガリィはサイボーグなんだけど、過去の記憶がない。そこで自分のルーツを探るために旅に出る。本当におおまかにいうとそんなストーリーです。

 俺が個人的に好きなのは、ザパンというサイボーグと戦う話。こいつは賞金稼ぎで、もともとはそんなに悪いやつじゃなかった。でもふとしたことでガリィと揉めて、顔面を吹っ飛ばされてしまう。ザパンは街にいられなくなって、逃げた街で優しい女性と出会いひっそり暮らしていた。でもガリィに負けたことがトラウマになってまともになれない。そんな弱い自分を自己嫌悪するんだけど、彼女はザパンを見守ってくれる。だけどある時、たまたまガリィの存在を思い出して錯乱したザパンは愛する女性を殺してしまう。ザパンはガリィを逆恨みして街に舞い戻る。

 『銃夢』の大きなテーマはカルマ。自分がやったことは、必ず自分に返ってくる。人をそれを乗り越えることができるのか、ということが繰り返し描かれています。ガリィがザパンの顔を吹っ飛ばしたことが物語の発端のように思えるけど、さらに掘り下げると実はザパンという男の弱さがそもそもの根源にある。ガリィに復讐しようとしたザパンは簡単に返り討ちにされるんだけど、そこでディスティ・ノヴァという狂気の科学者にものすごい力を与えられる。そしてガリィの大切なものをたくさん破壊して復讐しようとします。でもそれもガリィのカルマなんですよね。昔のガリィは弱いザパンを小馬鹿にして無慈悲に負かした。

 最終的にザパンはガリィに殺されてしまう。でもガリィは戦いの中でなぜザパンが自分を憎むようになったのかを知ります。そして力には負の側面があるということを初めて理解するんです。戦いの後、ガリィはザパンのために泣きました。自分の大切な人やものをたくさん傷つけたのにも関わらず。つまりガリィは自分のカルマを乗り越えたんです。

 今回この企画で最初に紹介しようと思ったのが『必死剣鳥刺し』でした。この本を読んで俺は死に様について考えるようになった。そして『阿片王』と出会って、とてつもない死に方を夢見た。この2冊の後に思い出したのが『銃夢』のザパン編でした。そこで改めて自分が『鳥刺し』の何に感動したのか理解したんですよ。俺は主人公の死に様ではなく、生き様に感銘を受けたんです。この人は普段すごく優しくて、情に厚い人情派だった。でも胸の内には、凄まじい覚悟とともに死ぬことでしか繰り出せない技を秘めていた。

 もちろん『阿片王』の里見甫のような強さもある。彼は阿片という力を持っていた。けど俺が求めるのは『鳥刺し』の主人公や『銃夢』のガリィのような強さ。でもザパンの弱さも理解できる。つまり本当に大事なのは『自分の中にある弱さと向き合って乗り越えること』。俺は強くなりたいけど、必要なのは暴力ではない。自分のラップでは、その弱さと強さを表現していきたい。それが自分の活動の根本にあるものなんです」