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どんどん成長して変化したい気分 in-d(THE OTOGIBANASHI’S / Creative Drug Store)の“今”を感じる2冊

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

自分と近い人が書いた小説を読むことってあまりない体験

 最初に紹介してくれたのが前々回に登場してくれた檀廬影 の著作『僕という容れ物』だ。檀廬影はもともとDyyPRIDEという名義で活動していたラッパーで、ヒップホップグループ・SIMI LABに所属していた。SIMI LABの作品をリリースしていたのが、THE OTOGIBANASHI'Sを世に広めたSUMMITというレーベル。所属アーティストが一堂に会した楽曲「Theme Song feat. RIKKI, MARIA, DyyPRIDE, in-d, OMSB, BIM, JUMA, PUNPEE, GAPPER, USOWA」でマイクリレーをしたこともある。

SUMMIT ’Theme Song feat. RIKKI, MARIA, DyyPRIDE, in-d, OMSB, BIM, JUMA, PUNPEE, GAPPER, USOWA‘

 「檀くんと初めて会ったのは2013年くらい。俺らがSUMMITに入ってすぐぐらいの頃、新宿のライヴイベントで一緒になったんです。当時、俺はまだ藤沢に住んでて、壇くんの家も横浜方面だったから、帰りの電車が同じだったんですよ。そこで初めて結構いろいろ話したんですよね。たしか『武士道』がすごいと言ってたような記憶がある。そこからくんとは本とか映画の話をよくするようになりました。

 くんとは最近も結構連絡を取り合っていて。去年『小説を書いたんだ』って『僕という容れ物』とは違う短編小説をpdfで送ってくれて、それもすごく面白かったんです。そしたら今年『僕という容れ物』が出て。普通にみなさんと同じタイミングで知って、読んでみたんですけど、これは結構びっくりしましたね。僕自身、ものすごい読書家ではないものの、これまでまあまあいろいろ本を読んできました。でもラッパーが書いた小説を読むのは初めてで。文章のリズムや言葉遣いが普通じゃないけど、やっぱり俺の知ってるくんの言葉というか。

 これはあくまで俺個人の感想ですけど、ラッパー・DyyPRIDEが書いてたリリックは『こうなりたい』という明快なメッセージがあるというより、内省的で心の痛みを表現したものが多かったように思うんですよね。想像力を掻き立てられる言葉というか。だから聴く人によって捉え方はだいぶ違うのかなぁと。『僕という容れ物』もそういう小説だと思いました。俺は主人公とは境遇も違うし、完全な感情移入ってよりは、描写や言葉遣いを考えて読みました。でも逆にものすごく感情移入する人もいるだろうし。俺自身も読むたびに感想が変わると思う。でもそれで良いというか。

 あ、あとこの本を読むとDyyPRIDEの曲も聴きたくなるんですよね(笑)。『しらふが一番イルな僕ちゃん』(SIMI LAB「Natural Born」)ってラインとかも『僕という容れ物』を読むと全然感じ方が変わってくる。さらに言うと、自分と近い人が書いた小説を読むことってあまりない体験だと思うんです。だから俺にとってくんの小説を読むのは、いろんな意味で不思議な感覚でしたね」

昔から“変わっていくこと”に興味がある

 「学生時代は電車に乗ってる時間が長かったので、通学時間帯によく電車で読書してたんです。基本的には本屋さんに行って、平積みされてる本の帯を見て気になったものを手に取る感じ。だから“好きな作家”みたいなのはあんまりないし、“これを読んで人生が変わった”とかも全然ないんですよね。あと一時期グループのメンバーたちと共同生活をしてた時期があって、その間はあまり本を読みませんでした」。そう話すin-dだが、今年からソロアーティストとしての活動を本格化させる中で、再び活字を意識するようになった。

 「『Indoor』という今回のEPのタイトルの通りなのですが、最近はあまりがっつり外に出歩くってことが減ってきて。基本的には家で映画やドラマを観るか、夕方や夜に散歩に行くか。クラブとかもそんなに最近は行かないし。そうなるとインスピレーションを得る場所がないというか(笑)。それでまた本を読もうと思って、Kindleをゲットしたんですよ。これがかなり調子良くて」

 2冊目に紹介してくれたのは、三浦しをんの『天上の飲み物』という短編。Kindleのみで配信されている。

 「好きな本はフィジカル(書籍)で買っちゃうので、最初Kindleではフリーで読めるやつだけを読もうと思っていたんですよ。でも思ったよりラインナップが少なかったから、kindleunlimitedというAmazonの読み放題サービスに加入しました。この『天上の飲み物』はその中にあった作品です。自分では手に取らないような作品を読めるのが結構面白いんですよね。

 三浦しをんさんは名前だけ知ってたのでダウンロードしました。これは本当にすごい短くて。たぶん30分くらいで読める。吸血鬼が主人公のファンタジー小説なんですよ。ただ、見た目は普通の大学生なんですよね。生き血の代わりにワインを好んで、酒屋でバイトをしてる。しかも何百年も生きている(笑)。つまり不死身になんです。不死身目線だと、人間の人生やそこで起こる悩み事なんて本当にちっぽけでしょうがない。就職とか結婚とか。でも、俺も含めてみんな、そこに一喜一憂して生きてる。じゃあ人生って何が大切なのか、みたいなことがテーマになっています。何気なく読み始めたら、終わり方がものすごくエモくて衝撃を受けました。

 というのも、この短編のテーマが今回のEPに入っている『COMPLIMENTS』とリンクする部分があったからなんですよね。俺は昔から“変わっていくこと”に興味があって、度々歌詞にしているんですよね。この『COMPLIMENTS』では、変化していく環境と変わらない自分について歌いました。周りが変わっているのに自分が変わらないのは焦るけど、それも一時的なものだったりもする。実はこの曲を書いた時、俺の中にちょっと焦った気持ちがありました。『変わらなきゃ』って。でもA&Rのレン君にいろいろ相談したりしつつ、結果的に『もうどうしようないならどうもしなくていい』『この景色も変わる』って歌詞が書けたんですよ。これは別に居直っているわけではなく、今この瞬間を一生懸命生きることに意味があるということが言いたくて。俺は『天上の飲み物』を読んだ時にそれに近いものを感じました。

 今回、EPをリリースしたことで、制作時とは別のマインドへ変わり始めつつあるんですよね。人の気持ちや考え方も常に変化するものだと思います。いまは次の作品を制作していて、どんどん成長して変化したい気分。俺は、生きていたら矛盾が生まれるのも当然だと思っていて。だからこれからも“変わっていくこと”について歌っていきたいと思いますね」

in-d「On My Way」