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おもしろ三国志さんの「三国志」推しメンは董卓 悪役のステレオタイプを作った

文:宮崎敬太 写真:山田秀隆 ©関羽像 青銅製 明時代・15~16世紀 新郷市博物館蔵

――三国志とテクノの融合を標榜するミュージシャンとして活動している、おもしろ三国志さんですが「三国志」の推しメンはいますか?

 まず、はじめに朕は自分のことを朕と称しているので、今回のインタビューでも、そう呼ばせてもらいます。それで朕の三国志の推しメンですが董卓(とうたく)です。この人はいわゆる悪役。もともと地方の武将だったけど、権力を手にしてからは悪逆の限りを尽くしたと言われています。自分に敵対する人間を徹底的に排除して、いろんな人から資産を奪って、宮女にも手をかけた。しかも小狡いところもあって。

 朕は、董卓が日本の物語における悪役のステレオタイプを作ったと思ってるんですよ。平安時代には「蘇我入鹿は董卓のような悪い奴だ」と言われてたという説もあって。

――おもしろ三国志さんは「董卓討つべし」という曲を作っていますね。

 そうですね。朕は悪役が好きなんです。「董卓討つべし」は、董卓を倒すために主要人物が大集合する反董卓連合軍をイメージして作りました。ここは「三国志」の最初の盛り上がりポイント。巨悪を倒すために団結するシーンって、物語的にものすごくテンションが上がる。この時は董卓に負けちゃうんだけど(笑)。でも団結する感じはフェスにも合うかなって。チャゲ&飛鳥の「YAH YAH YAH」みたいな。

――三国志における最大の敵は曹操だと思っていました。

 「三国志演義」は劉備の目線から描かれた物語ですからね。でも曹操は本当にすごい人だった。例えば、中国では儒教の考え方が浸透していたので、縁故やつながりがものすごく重視されていた。推挙ですね。でも曹操はそれを無視して、実力のある人間をどんどん抜擢した。つまり政治のあり方を変えてしまったんです。あと戦争のやり方もすごかった。当時、兵糧は敵から略奪するのが主流だった。でも曹操は攻め込んだ土地を新たに耕して、兵糧を作る屯田(とんでん)という兵法を取り入れました。そうして常に兵糧に余裕のある状態で戦争をしていたから魏は強かったんです。あと戦争で田んぼを失った農民に土地を貸したり。もちろんまったく略奪をしてないとは思わないけど、曹操は時代の先を行く優秀な人物だったようですね。

――では、劉備たちにはどのような魅力があるのでしょうか?

 劉備にはYAZAWA感があるんですよ。曹操はまあまあ良い家の出身だけど、劉備はかなり普通の人に近い。一応、漢帝国を作った劉家の末裔と言われてるけど、そこも実際は眉唾なんです。そんな彼が徒手空拳で成り上がっていく。しかも現在とは比べ物にならないほど成り上がるのが難しい社会で。彼は最終的に蜀の皇帝になる。そういう物語はやはりものすごくカタルシスがあるんですよね。

――こうしてお話をうかがっていると、リアルとフィクションの狭間という絶妙さは、「三国志」の魅力の大きなポイントかもしれないですね。

 そもそも歴史書である「正史三国志」にも真実が書かれているわけではないんですよ。歴史というのは常に勝者によって書き換えられるものなので。ちなみに最初に「正史三国志」を書いたのは陳寿(ちんじゅ)という人。その数百年後に裴松之(はいちょうし)が、「正史三国志」を検証して注釈を付けます。それを「裴注」(はいちゅう)と言います。一般的には、「裴注」が入ったのもが「正史三国志」とされています。でも、中国では歴史の転換期に「正当な漢民族の後継者である劉備たちが、巨大な勢力に立ち向かった」という物語がプロパガンダとして必要とされた時期があったんです。そういう話は講釈師たちによって民衆に連綿と語り継がれていた。数百年後の明(みん)の時代に、その話をまとめたものが「三国志演義」なんです。

――めちゃくちゃ詳しいんですね……。

 大好きなんですよ。関連書籍はたぶん数百冊は読んでると思う。どれも面白いけど、変わり種としては渡邉義浩先生が書かれた「魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国」も面白いですよ。「魏志倭人伝」ってありますよね。歴史の授業で習うやつ。教科書だとすごいサラッとしか触れられてないけど、「魏志倭人伝」には「東の方に倭人が住んでる島がある。全身刺青が入ってるようなやつらだけど、人が死んだらちゃんと供養してるらしい」みたいな記述があるんですよ。当時、魏は遼東半島にいた公孫家と激しく対立していました。日本は遼東半島のさらに向こうにあったから、敵の敵は味方の論法で、日本のことをまあまあ良い感じに描いている、とか。こういうのは、普通に三国志を読んでるだけだとわからないんですよね。歴史は常に多面的なので。

――「おもしろ三国志」というお名前はどのようなきっかけで名乗るようになったんですか?

 朕はテクノというジャンルの音楽を作っているミュージシャンです。20年前、初めてライヴをやる機会をもらった時、名前を決めなくてはいけなかったんですよ。それで特に深く考えず「おもしろ三国志」にしました。三国志の事は知っていましたが、本当にただのノリでした。当時作っていた曲も普通のテクノだったし。でも、ある日、三国志を絡めた曲をライヴで披露したら、お客さんがものすごく盛り上がってくれたんです。そこから「三国志」をテーマに活動するようになりました。

基礎を学ぶなら横山光輝先生の「三国志」

――「三国志」の知識はどこから得たのですか?

 最初はKOEI(現・コーエテクモゲームス)から出てる「三国志」というシミュレーションゲームですね。好きな武将を選んで中華統一を目指すんですが、当時は三国志の知識がなくてどの武将を選んでいいかわらなかったんです。それで単純に武力の値がすごい袁術(えんじゅつ)という武将を選んだら、なぜか全然勝てない。それが悔しくて「三国志」をもっと勉強することにしました。最初は横山光輝先生のマンガ「三国志」。そしたら袁術は名家の武将だから兵力はあるけど、ボンボンのダメなやつだということがわかって。曹操や劉備にボコボコにされて、最後は「はちみつが舐めたい」と言って死んでしまうんです(笑)。

――横山光輝の「三国志」は入門編としてちょうど良さそうですね。

 人によって最適な入門メディアは異なると思いますが、横山先生のマンガ版は読みやすいと思います。基礎を抑えたい人にとっては、すごく良い作品です。ちなみに、マンガ版は吉川英治先生の小説が原作です。「三国志」は今でこそスタンダードな物語ですが、そもそも元になっている「三国志演義」は120個からなる一話完結の演目でした。吉川先生は、それを一遍の壮大な物語として組み立てたんです。当時は日本にほとんど資料がなかったのですが中国で日本の従軍記者として何度も取材したそうです。中国の歴史を日本人にも親しめる話にしたというのは、相当すごいことだと思う。

――近年で「三国志」をベースにした作品だと「蒼天航路」というマンガがありますね。

 「蒼天航路」には多大な影響を受けました。横山先生の作品を読んで「三国志」の基礎が頭に入った頃、ちょうど連載がスタートしたんです。だから余計に衝撃でしたね。横山先生の「三国志」と比べると「蒼天航路」はとにかく派手。作者の王欣太先生曰く、「ミュージカル」をテーマにしているそうです。奇妙な動きやマンガのコマから飛び出してくるような見せ方は、朕の「おもしろ三国志」としてのステージパフォーマンスやメイクに応用しました。

三国志の楽しみ方は人それぞれ

――三国志の魅力とは?

 まず、三つ巴である、ということ。AとBが戦って、Bが有利になったら、Cがその背後を突く。みたいなことが延々と100年近くも続く。そうなると必然的に人間関係も複雑になる。とある武将は、最初は「魏(ぎ)」にいたけど、数年後には「蜀(しょく)」へ移り、また「魏」に戻る、みたいな。三つ巴であるが故の駆け引きが面白くて。一対一では描き切れない複雑な関係性は、後世のいろんな物語やゲームにも影響を与えていると思う。もう一つは、史実ではあるけど創作の余地が残されているということ。「三国志」の時代は昔すぎて、肖像画などがほとんど残ってないんですよ。だから人物像は想像するしかない。例えば、さらに昔の「封神演義」みたいな話も面白いけど、ほぼSFなんですよ。そこへいくと「三国志」は史実としての大河ドラマ的な面白さ、SF的な視点、さらに創作の余地もあって、いろいろと絶妙なんだと思います。

――では「三国志」展にはどんなことを期待しますか?

 9年前に見つかった曹操の墓から出土したものですね。そのお墓はまだ発掘してる最中なので、一般の人は本当に限定的な部分しか見せてもらえない。個人的に興味があるのは白磁です。通説では白磁は600年頃から作られたと言われている。なのに曹操の墓から出土したということは、300年前の三国時代にはもう作られていたことになる。これは相当すごいことです。是非とも実際に見てみたいですね。

――最後に、まだあまり「三国志」を知らない人はどこを切り口にすれば良いと思いますか?

 「三国志」って知識欲の更新的な感覚で広まっていくパターンが多いんですよ。でもそれって同時にハードルを高くしちゃってる部分もあって。朕的には入り口はどこでも良いと思っています。「三国志」とは全然関係ないけど、曹操や劉備、呂布がキャラクターとしてゲームに登場したりしてるんですよ。そのキャラだけ好きっていうのでも全然良い。たまに特定の武将だけをものすごく深く知ってる人とかいるし。世の中は「三国志」であふれてます。別に正史のすべてを知らなくても良いと思う。武将、国、個々の物語。楽しみ方は本当に自由なんです。