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#15 歓迎会には広島と大阪、2種類のお好み焼きを 石井睦美さん「ひぐまのキッチン」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
広島は薄めの生地を薄く焼き、その上にこれでもかというほどのキャベツを載せ、さらにその上に豚肉を載せ、そしてもう一度生地を振りかけるように載せたら手さばきよく裏返す。こうしてキャベツを蒸し焼きのようにしんなりさせるのだ。その間に隣で麺を焼き、卵を割って黄身をひろげ……そうするうちにもおいしい匂いはたかまっていく。大阪のほうは重めの生地にキャベツや天かすを混ぜて焼く。豚肉をトッピングするのは広島と同じだ。どちらもおいしそうだ。ほとんどのひとが、焼きあがってへらで切り分けられたひときれを、二種類とも持っていく。ハーフアンドハーフというのがそれだ。でも、木下や安藤のように、同じものばかり食べるひともいた。 (「ひぐまのキッチン」より)

 この春、新社会人になった皆さん。突然ですが、歓迎会はどこで、何を食べましたか? 緊張しまくりで、何を食べたのか覚えていない!と言う人も多いのではないでしょうか。今回ご紹介する作品の主人公、樋口まりあ(あだ名は「ひぐま」)の場合、出勤初日の歓迎会で振る舞われたのが、「広島」と「大阪」風のお好み焼きでした。

 祖母の紹介で、米や小麦粉など「米偏」のつく食材を扱う商社「コメヘン」に秘書として就職することになったひぐまは、今までろくに料理をしたことのない理系女子。ところが、入社早々に先輩の送別会で出すお好み焼き作りを任され、キャベツの千切りから奮闘します。社内の人や来社するお客様と接するうちに、少しずつ秘書として成長していく「食べ物×お仕事」ストーリーです。著者の石井睦美さんに、お好み焼きの思い出や、記憶に残っている食べもののお話などを伺いました。

大人になって初めて食べた広島焼きにビックリ

——お米に小麦粉、砂糖など「米偏」がつく食べ物って色々ありますよね。「粉」は焼いたり揚げたりすることもできるし、糠(ぬか)はタケノコのあく抜きに使ったりと、色んな調理法や活用法があるなと改めて感じました。

 本作には、名古屋の名物「鬼まんじゅう」も出てきますが、ケーキやおまんじゅうだって「粉もの」なので、お菓子だけでも粉を使ったものがいっぱいありますよね。粉を使った料理って国内外問わずあるし、一旦粉にしたものを使って、新たな料理に「再生する」ところが面白いと思います。

——先輩秘書の「ゆかりん」が「ひぐま」の歓迎会にふるまったのが、「広島」と「大阪」2種類のお好み焼きです。会社の歓送迎会や忘年会って、大体居酒屋の飲み放題コースが多いかと思いますが、「コメヘン」では、社内にあるオープンキッチンで秘書がお好み焼きを作り、社員みんなで食べるのが恒例行事です。お好み焼きを歓迎会のメニューに選んだ理由はなぜでしょうか?

 お好み焼きって、丸く作った一枚を一人で食べるんじゃなく、切り分けて、みんなで熱いうちにシェアして食べられるじゃないですか。入社初日の「ひぐま」にとっては初対面の人ばかりの歓迎会なので、みんなでワイワイと食べられるものがいいなと思いました。「コメヘン」の社内にあるオープンキッチンに鉄板があるのも「粉だけは売るほどあるんだから、鉄板があればいつでもお好み焼きができる!」と思ったからなんです。その方が、どこかのお店で食べるよりも思い出に残りますよね。

——石井さんのお好み焼きの思い出はありますか?

 うちの母は関東の人なので、家でお好み焼きを食べる機会がなかったんですが、叔父の奥さんが関西出身で、お好み焼きを作ってくれたんです。子供心に「お好み焼きって美味しいな」と思いました。それから家でも作るようになり「我が家に西の食文化が来た!」って感じでしたね。

——ローカルグルメの定番・お好み焼きの二大巨頭と言えば「広島」と「大阪」だと思いますが「私は絶対に広島じゃなきゃ嫌だ!」とか「大阪のお好みしか認めんっ」と、双方に譲れないこだわりがあるのも、お好み焼きの面白さだなと思います。私はどっちも食べたいから「ハーフアンドハーフ」って言っちゃいますけど(笑)。

 以前、仕事仲間の一人に広島出身の人がいたんですが、やっぱり「広島のお好みがいい!」と熱く語っていましたよ。私は大人になるまで広島風のお好み焼きを食べたことがなかったんです。子供の頃に家で作っていたのは、小麦粉の中に刻んだキャベツを入れて焼いた、いわゆる「大阪風」のお好み焼きだったので、初めて広島焼きを食べた時は生地が薄くてビックリしました。まず、キャベツの量が半端じゃないんです。鉄板の上で蒸すようにして焼いたキャベツは独特の甘さがあって、とても美味しかったです。もちろん、慣れ親しんだ大阪バーションも好きですよ。

——とある理由で、毎月9日のお昼は一人でおにぎりを食べる「コメヘン」の社長。「食べ物にまつわる思い出は記憶を呼び起こしている」と言うセリフが印象的ですが、石井さんの記憶を呼び起こす食べ物はありますか?

 私は小さい頃、とても食が細かったんです。ある日母に「目玉焼きぐらい食べなさい」と言われてテーブルを見ると、それがテーブルを埋めるくらいの大きさで「こんな大きい目玉焼き、怖くて食べられない!」ってテーブルの周りをぐるぐる回った記憶があるんです。実際、母は普通の目玉焼きを作ったと思うんですけど、食べることが嫌だった私にとってはそのくらいに見えちゃって(苦笑)。

——まるで、児童書のストーリーみたいですね!

 もう一つは、ハーゲンダッツのバニラアイスクリームです。6年前に他界した父の好物がハーゲンダッツのバニラだったんですが、亡くなる前に病室で娘と私と一緒に食べたんたんです。父が一口食べて、その残りを私たちが食べて。それが父と食べた最後の食べ物でした。あの時の記憶が今も私の中にあって、それからずっとハーゲンダッツのバニラが食べられないんです。他の銘柄や味は大丈夫なんですけど、自分の中で消化しきれていないところがあるんでしょうね。辛いときや悲しいときに食べたものって、記憶と密接につながっていることが多いと思うんです。いつか私も、また食べられる日がくるといいなと思います。