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さまよう短足 津村記久子

  短足だ。写真で確認することがあるたびに、自分は短足だなあ、と思ってきたのだが、その自覚を生かせずにいたことが最近判明した。

 仕事用の椅子を買い替えた。以前使っていたものは、九万円近くする大きな椅子だった。自分にしてはすごく投資しているのだが、座ってやる仕事なのでがんばらないとと思った。何度も店頭で試座し、リクライニング機能などに満足したはずだったのに、四年後にまずリクライニング機能が壊れた。その後、肘(ひじ)掛けのウレタンを覆っている樹脂部分が割れて段階的にぼろぼろになり始め、去年の終わりにメッシュ生地の背中の部分を支えている骨組みの樹脂が左右共に割れた。それでもダクトテープでぐるぐる巻きにして支え、使い続けようとしていたのだが、最近になってその椅子に座ると腰が痛くなることに気付いた。いろいろ検索してみると、自分の脚の短さに対して座面が高すぎたようだった。驚いて、外出時に自分が座るいろんな椅子の座面の高さを巻き尺で測った。外で最も快適だった高さが34センチだったのに対し、自宅の椅子の傾斜がある座面は最高地点で49センチ、最低部分が42センチだった。

 短足なのに分不相応すぎる椅子に座っていたわけだ。即座に座面の低い椅子を探した。キャスター機能もいらないと感じていたので、ダイニングチェアのカテゴリから楽そうな椅子を検索すると、もはや「介護チェア」という名称のものが出てきたのだが、自分の短足が介護レベルに達していることを素早く認め、試座もへったくれもなく購入した。価格は送料込みで六千円未満だった。

 結局、これまでの苦痛は何だったのだろうというぐらい新しい椅子は快適だ。今は短足をしっかり床に着けて毎日働いている。部屋も少しすっきりした。悩みは大仰な前の椅子の回収日までの置き場所だ。修復しようと数年がんばってもだめだった前の椅子との関わりは、人間関係にも似ている。市場価値よりも分相応がものをいうのかもしれない。=朝日新聞2019年7月3日掲載