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「ジェインズヴィルの悲劇」書評 工場閉鎖が地域を切り裂いた

評者: 石川尚文 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月06日
ジェインズヴィルの悲劇 ゼネラルモーターズ倒産と企業城下町の崩壊 著者:エイミー・ゴールドスタイン 出版社:創元社 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784422360102
発売⽇: 2019/06/17
サイズ: 19cm/427p

ジェインズヴィルの悲劇 ゼネラルモーターズ倒産と企業城下町の崩壊 [著]エイミー・ゴールドスタイン

 10年前の金融危機は、米国に大不況をもたらした。その頂点の一つが、自動車最大手ゼネラルモーターズ(GM)の経営破綻だった。
 工場が閉鎖されたウィスコンシン州ジェインズヴィルで何が起きたのか。本書は職を失った三つの家族の苦闘を軸に、閉鎖後5年間の企業城下町の変容を追っている。
 1920年にできた工場がもたらす雇用は、高い賃金と健康保険や年金を通じて中産階級の余裕ある暮らしを支えていた。それが突然奪われるなかで、人々も地域社会も苦境に立ち向かおうとする。新しい職を得ようと地元の技術大学で再教育を受ける労働者たち。そのプログラムの充実に奔走する関係者。企業誘致を図る地元のビジネス界。
 高校生もアルバイトで家計を支える。社会に根付いた寄付や助け合いの仕組みも動く。州や連邦政府からの補助金も活用される。
 だが、教育を受けてもGMほど給料のいい職は見つからない。地域経済や労働組合の体力低下で助け合いの原資も減る。政府は予算を絞り込む。5年を経て現れたのは「二つのジェインズヴィル」――被害を免れた者と今も苦しんでいる者――への分裂だった。
 必死にあがく人々への敬意と愛情をみなぎらせつつも、著者は厳しい現実を冷徹に描きだす。瞬く間に社会の厚みが削り取られ、希望が縮んでいく。程度はともあれ同様の課題を持つ国の読者として、読みすすめると悲痛な気分にもなる。
 一方で、こうした事実や渦中の人々の思いが克明に記録され、著作として広く読まれる点が、米国社会の底力に見える。本書には、独自に行った社会調査の結果も付されており、全体像の裏付けになっている。
 ピュリツァー賞受賞歴のある著者の力量はもちろん、調査や分析を支えた人々、そして何より厳しい境遇のなかで取材に応じた当事者たち。悲劇を乗り越える芽は、そこにこそあるのかもしれない。
    ◇
 Amy Goldstein 米紙ワシントン・ポストに30年間勤めたジャーナリスト。2002年、ピュリツァー賞受賞。