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「夢見る帝国図書館」書評 人生に歴史が絡む 奇想の愉悦

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月06日
夢見る帝国図書館 著者:中島京子 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163910208
発売⽇: 2019/05/15
サイズ: 20cm/404p

夢見る帝国図書館 [著]中島京子

 日本初の図書館をテーマに小説を書くとしたら、大半の作家は創設までの苦労話や時代の変遷に伴う苦難の歴史を、当事者もしくは図書館にかかわる人物の視点で描くのではないか。この著者はちがう。本書にかぎらずいつも意表をつかれる。素敵な意味で裏切られ驚かされて、私はますます彼女の本が好きになる。
 本書の主たるストーリーは、著者を想わせる小説家と上野公園で出会った喜和子さんとの淡々としたつかず離れずの交流。謎めいた喜和子さんの人生をたどり、喜和子さんがなぜ上野の図書館にかくも思い入れていたのかが解き明かされてゆく。白髪で小柄、頭陀(ずだ)袋めいたスカートに運動靴姿の喜和子さんはお伽噺の魔女のよう、ひょうひょうとして浮世離れしている。
 いや、どっちが主たるストーリーだろう。あいだにひんぱんに差しはさまれる帝国図書館の歴史は、著者の独擅場とでも言いたい。博学と奇想と融通無碍な愉しさに満ちている。なにしろ図書館が樋口一葉に恋をしたり、書架に収容された発禁本たちが文学談議をしたり、上野動物園で脱走事件を起こした黒豹や、象の花子が語り合ったりするのだから。そしてそこには時代の波に翻弄された図書館をとりまく怒りや怨み、悲嘆が驚きが希望が絶望が創意工夫あふれるショートストーリーとして語られる。まるで手品だ。
 喜和子さんの死後、小説家は上野の古本屋で『樋口一葉全集』を見つける。「深く胸を衝かれた。あの、喜和子さんの小さな部屋、彼女が愛した空間、彼女が愛した物語、わたしたちがいっしょに過ごした時間と瞬間が、その古いワンセットの全集から一気に立ち上がってきて、眩暈を起こさせるようですらあった。」
 占領下の図書館にジープで乗りつけたアメリカ軍人の若い女性。図書館の前で復員兵と出会う幼い喜和子さん。この壮大な物語のラストが与えてくれた光明に私は思わず涙ぐんでいた。
    ◇
 なかじま・きょうこ 1964年生まれ。『小さいおうち』で直木賞。『妻が椎茸だったころ』『かたづの!』など。