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いとうひろしさんの絵本「ルラルさんのにわ」 階段を降りている間に“降りてきた”お話

文:柿本礼子、写真:斉藤順子

――ルラルさんという名前のおじさんは、ちょっと気難しそう。ある時、ルラルさんが大事にしている自慢の庭にワニが入ってきて……。おしゃれな絵と、ユーモラスで読むたびに気づきがある絵本『ルラルさんのにわ』(ポプラ社)とそのシリーズは世代を超えて愛されている。作者は、いとうひろしさん。ストーリーは30年以上前、大学時代に作ったのだという。

 よく聞かれるんですよね。「ルラルさんの名前の由来はなんですか?」って。あまりに何度も聞かれるものだから、「実は十字軍遠征の時代に、ルラルなんとかビッチという修道士がいて……」と作り話をして誤魔化しちゃう。そうすると、みんな騙されるんですよ(笑)。それは冗談として、僕自身もなぜ、この主人公の名前がルラルさんになったか分からないんです。大学時代のある時、校舎の階段を4階から降りる時に、最初の「これはルラルさんです」というフレーズがポンと浮かんできた。そこからお話がポンポンと浮かんで来て、1階に到着する頃には出来上がっていました。いま出版されている『ルラルさんのにわ』の構成は、この時に考えたものと全く変わっていません。「ルラルさん」っていう名前も、滑舌の悪い僕は言いにくいんだけど、その言いにくさがかえって印象に残るようになっているのかな、とは思います。

35年ほど前に描いた、ルラルさんのキャラクタースケッチ
35年ほど前に描いた、ルラルさんのキャラクタースケッチ

 ストーリーは変わらなかったですが、デビューまでにルラルさんのビジュアルは色々と変わりました。大学時代に絵もつけていましたが、いったんそのイメージを崩してみようと思ったんです。35年前のルラルさんのビジュアルはちょっと過激で、もう少し軽い感じにしたいなと、いまの形に落ち着きました。改めて見てみると、今だったらこんなアバンギャルドなルラルさんでもいいかもしれないですね。

――ルラルさんシリーズはすでに8作を数える。最新刊の『ルラルさんのだいくしごと』の制作過程を見せてもらうと、最初のラフは驚くことに、文字だけが書かれたメモだ。

 これは文字だけ書いてありますけれど、僕の頭の中には絵があります。ルラルさんは何度も描いているから、こんな風にスタートできるんですね。簡単に言えば、構想段階のごく初めから、絵のない文字はなく、また文字のない絵もありません。こんな風に文字だけ書いているのは、絵は(思いついた時から)逃げていかないんだけど、言葉は逃げていく場合が多いんですよね。すごくいい言葉だったのに、なんだっただろうと思い出せないこともある。

「ルラルさんのにわ」(ポプラ社)より
「ルラルさんのにわ」(ポプラ社)より

 僕は、伝えたいことがあるからこそ、絵本という表現が成り立つのだと思って作っています。物語という形式でしか伝えられない真実というか、考えを僕は絵本に込めています。伝えたいメッセージから発想して物語を作ることもあるし、物語を作るうちに伝えたいメッセージを自分で発見するということもあります。

 『ルラルさんのにわ』の場合は後者で、まずストーリーができちゃったんですね。これで僕は何が言いたいのかなと思ったし、編集者からも聞かれました。ルラルさんは自分の庭が好きだったけれど、芝に触れることはなくて、ただ眺めて楽しんでいたんですね。でも物語の中で芝に寝そべり「ちくちくする」という感覚を覚えます。ほんの少し見方を変えて、違う形での芝の価値や面白さに気が付いたんですね。外、つまり他者からの影響で、今まで気がつかなかったことに気がつく。世界の深さや広さに気がつく体験だったわけです。

 とはいえ、出版した本については、作者の手を離れて、解釈は読者の自由だという思いもあります。こうした僕の思想を押し付けるつもりはもちろんなくて、例えば子ども時代は動物の動きを楽しんでくれるだけでもいいんです。ただ、その子が大人になった時、または大人が読むときも、違う読み方ができる、そういう全世代の読み方に耐えうる本を作りたいというのが僕の理想です。

――いとうさんは30歳でデビューして、今年で32年目を迎える。

 僕は4人兄弟で育ちました。年齢の近い姉2人が保育士で、僕が高校時代に絵本や人形劇などが身近にあったんですね。そこで興味を持ちました。

 大学で児童文学研究会というサークルに入って、作品を見て話し合う読書会をしたり、創作をしたりを始めました。この時に作った絵本を仲間に褒められて、気持ち良くなって(笑)、絵本づくりに没頭しました。20代の頃は大学を卒業してからも、いわゆるフリーターのような状態で絵本ばかり描いていましたね。振り返ると当時は、自分が描きたいこと、絵本でしかできない表現ということを追求していました。だけど子供が生まれて自分が親になり、子供のために絵本を作るように意識が変化していきました。今は子供も大きくなり、また初心に戻るというか、表現について考えることが多くなっています。ただ表現の方法、テクニックは全然違う。子育ての経験を経て見えたことが沢山あります。

 誤解を恐れずに言うと、僕の作りたいのは子供(だけ)の本ではないんです。3歳から100歳まで読める本、誰でも読める本を作りたいんだと思っています。優れた表現を持っている子供の本は、全ての世代、全ての人の本になり得るんだと。そのためには、徹底的に子供の読者を意識して書くことが必要なんですよね。大人として感じていることを、5歳の子に向けてしっかりと書く。そうすることで結果的に、5歳の子にも大人にも「読める」本になるんじゃないか。今はそう思っています。