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良き入門書を志す原点 中央公論新社・並木光晴さん

 大学では仏文科に進学したものの、勉学に身が入らなかった。それでも歴史関係の本は関心の赴くまま好んで読んだ。ギボンの『ローマ帝国衰亡史』にも挑戦したが、長大で骨が折れた。自然と新書に手が伸びるようになる。宮崎市定『科挙』、三田村泰助『宦官(かんがん)』などは特に印象深い。

 ドイツ文学者・江村洋さんの『ハプスブルク家』もそうした中の一冊だ。ハプスブルクといえば、700年の長きにわたりヨーロッパに君臨した一族。華麗な登場人物が織りなす物語に、ページをめくる手が止まらなかった。

 出版社に就職し、数年して新書編集部に配属された。私は勇んで江村さん宅に電話した。お会いして原稿を頼みたかったのだ。だが、電話に出た奥様は「それは難しいです」とさびしそうにおっしゃった。私はうかつにも、病床にあられることを知らなかった(2005年、逝去された)。

 歴史がテーマの新書を出そうとする際、変化球というわけではないけれど、文学者の先生にご執筆いただくことがある。一例だが、フランス文学が専門の安達正勝さんにお願いした『物語フランス革命』は実に魅力あふれる物語で、ロングセラーになっている。

 平易なもの、歯ごたえあるものなど、新書もさまざまあっていいと思うが、初学者にとって良き入門書となり得る本、長く読み継がれる本をつくりたい気持ちは強い。そんなささやかなこだわりの原点に、『ハプスブルク家』という本があったように思う。同書は現在50刷に達している。=朝日新聞2019年7月17日掲載