ベトナム系カナダ人の作家キム・チュイさんが6月、聖心女子大学の招きで来日した。ベトナム戦争後に難民となり、10歳でカナダに渡った経験を物語につむいでいる。
1968年サイゴン生まれ。小説はフランス語で書く。邦訳は2009年のデビュー作『小川』(山出裕子訳、彩流社)が刊行されている。
『小川』は一つ一つの章が短い。自閉症の息子と疲れ果てた自分、狭いボートの船倉、アオザイからのぞく肌。浮かんだ記憶を並べたような断片の集まりだ。小説家になろうとは思っていなかった。運転中に眠気と闘うため、赤信号で止まったときに小さな紙に思いついたことを書きとめたのがきっかけという。「文学のルールもわからないまま書いた。起きたまま見ている夢のようなものです」
ボートピープルとして海を渡る体験は過酷だが文章は簡潔だ。「死しか選択肢がない状況で、死者として私は船に乗った。次にいつ食事ができるか、いつ嵐が来るか、何も予想ができない。空腹も匂いも感じない。体が半分死んでいるように感覚がなかった」
裕福だったキムさん一家はベトナム戦争中の暮らしは穏やかで、サイゴン陥落後に難民となり「戦争」が始まった。「戦争と平和の意味は人によって異なります。カナダでは人々の心の中に精神的な苦悩という戦争があるし、戦時下の人々が心の中に平和を抱いて生きていることもある。私から見ると、戦争と平和は国のレベルだけでなく、個人のレベルでも考えることが重要。戦争と平和は切り離せない言葉です」(中村真理子)=朝日新聞2019年7月17日掲載
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