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「ボランティアとファシズム」書評 対極の言葉 重なり合う歴史

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月20日
ボランティアとファシズム 自発性と社会貢献の近現代史 著者:池田 浩士 出版社:人文書院 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784409520772
発売⽇: 2019/05/29
サイズ: 20cm/395p

ボランティアとファシズム 自発性と社会貢献の近現代史 [著]池田浩士

 「ボランティア」といえば、自発的に、社会に貢献するために、無償で、何かをやることを指す。そしてボランティアという言葉は多くの場合、偉いね!という反応を呼び起こす。
 他方で「ファシズム」といえば、政治権力が人々を弾圧し、無理やり従わせる状態を思い浮かべる人も多いだろう。それはファシズムだね、という言い方には、批判の意味がこもる。
 対極的にも見えるこの二つの言葉。しかし本書は、両者が対極的どころかぴったりと重なり合う歴史をたどってきたことを、20世紀前半の日本とドイツを対象として描いている。
 人々が自発的に権力の思うままに動いてくれるという事態は、権力者にとってこの上なく都合のよい状態である。それゆえファシズムは、特定の行動に正義という糖衣を着せ、ほめ称えられたい人々の心につけこみ、かつ逃れようのない精緻なしくみを作り上げることにより、ボランティアという形で人々を操るのだ。
 圧巻は、ナチスのやり方の詳細な記述である。そもそもナチスの正式名称は「国民社会主義ドイツ労働者党」であり、卑しまれていた肉体労働への差別を撤廃し階級闘争を根絶するという構想に立脚していた。ナチスは「自発的労働奉仕」を推し進め、「冬季救援事業」「一鍋日曜日」「帝国労働奉仕」「歓喜力行団」などを導入し、国民全体の労働力と忠誠を吸い上げてゆく。むろんユダヤの排除のもとに。
 同様に日本や満州でも「勤労奉仕」「隣組」ひいては「特攻隊」によって国に命を捧げる国民がつくりだされていった。
 ただし、権力の都合とは離れたボランティアが存在しなかったわけではない。関東大震災後に大学生に広がった「セツルメント」の運動は、底辺からの社会変革を目指し、多様な活動家を生み出した。何のために?と自身の心に問うこと、そこにボランティアとファシズムの岐路がある。
    ◇
いけだ・ひろし 1940年生まれ。京都大名誉教授(現代文明論)。著書に『虚構のナチズム 第三帝国と表現文化』『ドイツ革命』など。