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北野詠一「片喰と黄金」 絶望の果て「大富豪になってやる!」

 1849年、未曽有の大飢饉(ききん)のさなかのアイルランド。家族も農地も失った少女アメリアは忠実な従僕コナーと2人で死体から金品を漁(あさ)って生きている。のっけから悲惨な状況に思わず引くが、アメリアの目は死んでいない。なぜなら、彼女には野望がある。ゴールドラッシュに沸くカリフォルニアで一攫(いっかく)千金、「大富豪になってやります!」。
 いやそれ無理だろう、と普通は思う。作中でも会う人ごとにバカにされる。しかし、絶望の果てにそこに至った彼女の覚悟を知れば、単なる夢や誇大妄想でないことがわかるはずだ。大富豪になることは、彼女にとって無慈悲な世界への復讐(ふくしゅう)なのである。
 とはいえ、決して暗い話ではない。アメリカへの船旅は過酷で人も死ぬ。やっとたどり着いたニューヨークには移民差別が待ち受ける。それでもアメリアは空元気を振り絞り、きれいごとの通用しない世界をたくましくポジティブに生きていく。その姿は朝ドラにしてもいいぐらい。
 テンポのいい会話が物語に弾みをつけ、取材や資料に裏打ちされた当時の文物の描写が画面を引き締める。紅茶文化の国から来た彼女が初めてコーヒーを飲む場面は珠玉。破格の冒険譚(たん)の始まりだ。=朝日新聞2019年7月20日掲載