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#16 苦手なら、育てて食べよう野菜のスープ 竹岡葉月さん「おいしいベランダ。」 

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
基本は甘い玉ねぎベースのコンソメスープに、溶けたチーズとバゲットがからむ、優しい味だ。焼いてカリカリのバゲットも好きだが、こうやって熱々のスープをお揚げのように吸ったところを食べるのも、悪くないと知った。(中略)あとから加えた生のバジルの風味がアクセントで、ぱっと目が覚める感じがした。メインディッシュは、たぶん中に丸ごと投入したミニトマトである。皮が破れはじめた実を、あらためて噛(か)みしめると、内側にギリギリまで閉じ込められていた旨味が、熱と一緒に口いっぱいに広がった。コクのある酸味と甘み。そうそう、この感じなのだ。 (「おいしいベランダ。2人の相性とトマトシチュー」より)

 「一人暮らしあるある」の一つが、どうしても野菜不足になってしまうこと。がんばって自炊しようと野菜を買ってきたものの、気づいたら野菜室の奥の方でしんなりしていたこと、ありませんか?そんながっかりな思いをしたのは、今回ご紹介する作品の主人公・栗坂まもりと、マンションの「お隣さん」亜潟葉二も同様でした。

 進学を機に一人暮らしを始めた大学生のまもりは、マンションの隣に住むイケメンデザイナー、葉二に憧れていました。ひょんなことから、葉二が自室のベランダを野菜やハーブの鉢植えであふれさせ、植物を育てては食す「園芸男子」であることを知ります。次第に二人はベランダ菜園を通してお近づきに…♡。

 自らベランダ菜園に挑戦し、本作に登場するお料理のほとんどを実作・実食したという著者の竹岡葉月さんにお話を伺いました。

「普通の人」の生活の話にしたかった

——「ベランダ菜園」を作品のテーマにしたきっかけから教えて下さい。

 新作を立ち上げるにあたって、担当の方から「農業をテーマに書かないか」と言われたんですが、私は農業の知識がほぼなく、唯一、昔、自宅のプランターでミントを育てたくらいだったんです。でも「書けません」と言うのも悔しいので、オーダーされた「農業」から規模をギュっと縮小して、とことんスケールの小さい話を書こうと思いついたのが「ベランダ菜園」でした。

 資料として読んだ本の中に、いとうせいこうさんの『ボタニカル・ライフ』や、カレル・チャペックさんの『園芸家12カ月』というエッセイがあるんですが、男性視点の園芸モノってすごく面白いと思ったんです。「キレイ」とか「カワイイ」という美意識優先とは違って、効率の良さと、実験のように苗を育てていく感じが面白いなと思い、本作のヒーローは「園芸男子」にしようと決めました。 

 あとは、「普通の人」の生活の話にしたかったんです。毎日会社や学校に行って、家に帰ってご飯を作ろうとするんだけど「すぐに野菜を腐らせちゃって、どうしよう」と、小さいことに悩んでいる男女の日常を書きたいと思ったので、本作ではライトノベルによくあるような、謎解きも特殊能力もなし、あやかしも魔法も一切出てきません (笑) 。

——本シリーズでは、ベランダで栽培した野菜やハーブを使ったメニューが毎回登場します。中でも、2巻に出てくる「トマトとバジルのオニオングラタンスープ」は、トマト嫌いの葉二が栽培した調理用のトマト「シシリアンルージュ」を使って、まもりが葉二の甥っ子・北斗に作ったメニューです。スープに入っているトマトを食べた北斗の感想が「濃縮還元味付き煮卵」とは(笑)。

 実は私も生のトマトが苦手で「生で食べられないなら、火を通して美味しく食べられるものを育てよう」という動機は、葉二とまったく同じなんです。でも、自分で育てたトマトなら愛情も湧くし「一個くらいなら生でも食べられるかな?」という冒険心もありました。

 このメニューのポイントは、トマトによく火が通っていることです。「シシリアンルージュ」というトマトは、アクが少なくて加熱に適しているので、水っぽくなく、うまみが濃いんですよ。見た目もつるんとしていて、ウズラの卵よりも少し大きいくらいなんです。トマト嫌いの私でも、美味しく食べられました。

——料理に必要な野菜やハーブを自室のベランダで収穫できたら、すごく効率的ですよね。ベランダ菜園を始めて、ご自身に何か変化はありましたか?

 真面目に野菜を食べるようになりましたね。元々そんなに野菜が得意ではなかったので、そのままではあまり食べられませんでした。でも、調理の仕方次第では食べられる野菜があるということが分かったので、それは大発見でしたね。買ってきたお惣菜やカップ麺を食べる時に、何か一種類でも野菜を「ちょい足し」すると、罪悪感がなくなる気がします。揚げものの横にベビーリーフを足すだけでも違いますよね。野菜を食べている自分に安心するんです。私は「愛でる」より「食べられる」ものの方が、育てるモチベーションも続くので(笑)。自分が食べるものを自分で作るって、すごく効率がいいなと実感しました。

——これからベランダ菜園を始めてみようと思っている人におすすめなものはありますか? アドバイスなどもありましたら、ご教授ください!

 ハーブ類は鉢一つでも割と長持ちするし、ローズマリーやミントはお料理に「ちょい足し」できるからおススメです。大きな葉ものとかは、収穫したらそれでおしまいだけど、ハーブは葉っぱ一枚で役に立ちます。唐辛子は身も葉も食べられるし、虫にも強いから育てやすいですよ。

 何かアドバイスできることと言えば、育て方のコツというより、もし苗が枯れても自分はダメ人間だと思わず「ダメならダメでご縁がなかった」くらいの気持ちでやればいい、ということでしょうか。私も失敗はたくさんしたので、みなさんもあまり気負わずに、ぜひ、園芸ライフを楽しんでください。