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クリスチャンの視点で「エヴァ」を読み解くと・・・ BSC(KANDYTOWN)お気に入りのコミックス

文:宮崎敬太、写真:黒澤義教

 東京都世田谷区の喜多見を拠点に活動しているヒップホップグループ・KANDYTOWN。小中高の同級生やその友達が集まって、自然とグループへと発展していった。総勢16人のメンバーからなる彼らは、都会育ちならではの洗練された感性で、1990〜2000年代ヒップホップのバイブスを表現している。グループからはすでにKEIJUやGottz、IOらがソロ作品を発表。シーンの最前線で活躍している。今回紹介するBSCはKANDYTOWNの母体となったBANKROLL出身だけに、ソロ作が待ち望まれていた一人。新作「JAPINO」の話題も交えつつ、彼が影響を受けた本を紹介してもらった。

KANDYTOWN - Till I Die(RYOHU, MASATO, BSC)

フィリピンの人はみんな「SLAM DUNK」が好き

 「『JAPINO』というタイトルは日本人とフィリピン人のハーフのこと。俺は母がフィリピン人で父が日本人なんです。どちらの国も大好きなので『JAPINO』をタイトルにしました。フィリピンで一番人気のあるスポーツはバスケなんです。みんなそこら中でやってて、知らないやつら同士でも当たり前にプレイしちゃうような感じ。で、フィリピンの人はみんな『SLAM DUNK』が好き。もしフィリピンの人と仲良くなりたければ、『SLAM DUNK』の話をすれば良いんじゃないかってくらい(笑)。

 俺は高校まで野球少年だったんですが、超人気マンガだったから普通に読んでました。あとKANDYTOWNにはバスケットマンが多い。Ryohu、DJ Minnesotahなんかはよく休み時間にバスケしてましたね。そういえば、俺がRyohuと初めて会ったのは砧公園なんです。中学1〜2年くらいかな。Ryohuは公園にあるコートでよくバスケをしてたんですよ。俺はコートのすぐ近くにある体育館の前で、ラジカセでヒップホップを流しながらよくバットの素振りをしてました(笑)。そしたらそこをたまたまRyohuが通りかかって。同じ学校の同級生だったので『ヒップホップ聴くんだ?』みたいな感じで仲良くなったんです。『SLAM DUNK』は自分にとっては青春の一冊という感じ。

 そこからはお互いにCDを貸し借りして。最初はヒップホップのファッションに惹かれたけど、徐々にカルチャーそのものにどっぷりと浸かりました。あと個人的にはヒップホップがスラムから生まれた音楽だったというのも大きい。母の故郷であるフィリピンにはスラムがたくさんあるんです。子供の頃にハーフだからってディスされたことがあって、フィリピンに対してちょっとネガティヴな感情を持った時期があるんですよ。でもヒップホップを聴くようになってからは、そんな感覚は一切なくなったし、むしろフィリピンとのハーフである自分を誇れるようになりました。そういう視点を教えてくれたという意味でもヒップホップは大きい」

「エヴァンゲリオン」の碇ゲンドウが興味深い

 「俺は生まれた時からクリスチャンなんですよ。過去に3年間、神父様に仕えて、キリスト教について勉強していました。その視点から観ると『新世紀エヴァンゲリオン』がヤバい。きっかけはテレビアニメだけど、映画もマンガも全部チェックしてます。

 使徒とか死海文書とか、『エヴァ』の世界観にはキリスト教のさまざまなモチーフが使われていますよね。俺、実は神父様の下にいた時、聖書はもちろん『死海文書』も一部だけ読んで、それがどういうものかを勉強してるんですよ。だから使徒は本来天使なのになんで人間の敵なんだろう、とかがかなり面白い。作ってる人はかなり神学の勉強をしてるはず。解釈云々は別としても、キリスト教のいろんな要素がちゃんと検証された状態で、物語の中に組み込まれてると思う。

 俺は主人公・碇シンジの父、碇ゲンドウが興味深い。『エヴァ』の物語は、ゲンドウが妻・ユイを亡くしたことが発端になってる。ゲンドウの行動ってマジで意味不明だし、シンジには異常に冷たいし、『なんなの?』みたく思うんだけど、突き詰めて考えるとユイへの愛でしかないんですよね。そこまで人を愛せるか、みたく俺は考えちゃいました。

 無理やりこじつけちゃいますけど、クリスチャンだったこともヒップホップが肯定してくれた感があるんですよね。ヒップホップの歌詞にはクリスチャンの思想が本当にたくさん出てきます。そういうのって、普通に日本で暮らしてるとわかりづらいと思うんです。でも俺はクリスチャンだったから文化の根底にある祈る気持ちも理解できた。ヒップホップにのめり込んだことで、自分がクリスチャンで良かったと思えるようになったんです」

予期せぬ感情表現に振り回される「HUNTER×HUNTER」

 「俺は人間の生々しい感情が描かれてる作品が好きなんですよ。『エヴァ』で主人公のシンジが自慰するシーンなんて本当に驚かされた。理路整然と説明できない複雑な感情を描くというか。そういう意味でものすごく食らったのは『HUNTER×HUNTER』です。小学生低学年の時にアニメでやってて、マンガをお母さんに買ってもらったんですよ。『HUNTER×HUNTER』は初めて手にしたマンガ本ですね。

 俺が好きなのはキメラ=アント編。週刊少年ジャンプに連載されているマンガなので、主人公のゴンは本当に快活で純真無垢な少年なんですよ。超いい奴。優しくて、バカで気持ちいい。ずっとそういうキャラだったんだけど、このキメラ=アント編で超極悪な敵に対して自分を見失うシーンがあるんです。怒りで我を忘れてかなりグロテスクに相手を倒す。キメラ=アント編までに積み重ねてきたゴンのイメージが変わりました。

 あとゴンにはキルアという親友がいるんですが、実は彼の妹はとある事情で家族に監禁されているんです。それを知った時のゴンもすごかった。感情がむき出しになってて、それが生々しかった。普段優しい奴を怒らせると一番怖い。というか危ない。そんな表現の描かれ方だった。『HUNTER×HUNTER』にはそういうのがちょいちょいある。本当に振り回されてますね。でもそこが魅力でもある。俺が死ぬまでには完結してほしいな(笑)。

 俺たちは出身地のイメージで割と都会的に思われてるみたいだけど、普段はこういう話ばっかりしてますね。Gottzとは最近いつも『エヴァ』の話をしてるし(笑)。でもさっきも言ったけど、俺はヒップホップとはライフだと思ってる。いつもありのままでいたい。だからソロでもKANDYTOWNの仲間がいっぱい参加してるんです。『自分を出そう』と変に気負うんじゃなくて、いつも通りやれば逆に自分らしくなるだろうと思った。仲間がいるから自分がいる。俺はそんなふうに考えてますね」