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夏休みの終わり 柴崎友香

 夏休みが、きらいだった。

 今は夏休みのまっただ中で、近所の学校も静かで、みんなどこかに遊びに行ってるのかなあ、と思う。今どきのことだから、塾の夏期講習で普段より忙しかったりするのかもしれないが。

 夏休みがきらいだったのは、することがないからだ。自分から人に声をかけることが極端に苦手なので、学校で友だちに会わなければ遊ぶきっかけもない。子供で当然お金も持っていないから、本や漫画は最小限しか買えなかったし、どこかに行くこともできなかった。テレビだけは、スイッチを入れればなにかが見られたから朝から晩までテレビを見ていた。給食がいちばんバラエティのあるごはんだったので、それがないのもつまらなかった。小学五年生まで行った、自治体から喘息(ぜんそく)の子供だけで行く転地療養は唯一楽しかった。

 宿題もぎりぎりまでやらない性格で、四十日もまとめられるより毎日期限があるほうがよほど楽だった。区切りがなく終わりの見えない茫洋(ぼうよう)とした時間は、子供のわたしにとってはうんざりする期間でしかなかった。本や漫画を読んでいると、その同じ時間をめいっぱい楽しんで、終わってほしくなかったという人がたくさんいて、羨(うらや)ましいなあと思う。

 ところが、現在わたしは、出勤しない仕事をしていて、「毎日どんな生活なんですか」と聞かれると、だめな受験生の夏休みが終わらない感じです、と答える。あんなに夏休みがきらいだったのに、夏休みみたいな茫洋とした時間が終わらない人生になるとは(ほかの作家の方はもっとちゃんとした仕事の仕方をしていると思います)。今は、テレビを見ることもなく、宿題もたくさんやっているけれど。

 夏休みは楽しくないけど学校が始まるのも気が重い、この季節はそんなしんどさばかり思い出す。そんな自分でも、なんとか大人になれてよかったなと思う。夏休みの終わりにどこかで憂鬱(ゆううつ)な気持ちを抱えている子供に、声援を送りたい。=朝日新聞2019年8月21日掲載