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「私は私のままで生きることにした」 辛い状況見据える格言満載

 気になるけれど意外と知らない隣の国のリアルライフ。本書を読むと、韓国の若者の人生観や悩みが見えて、日韓関係が危ういこのご時世ですが、共感を覚えることも多いです。

 出だしから心を掴(つか)まれたのは、作者のキム・スヒョン氏がインターンとして働いていた時、上司に召使のように扱われたというエピソード。「パワハラとは、人を人とも思わない愚かな人間と、人としての最低限の扱いすら求めようとしない無力な人間とのコラボレーション」と、章の最後にはイラストと心に刺さるテキストが掲載。まず文章で心を揺さぶり、最後の一言でハッと気付かされるという構成がよくできています。絵のタッチはおしゃれで今風ですが、文章を読むと論理的な思考の持ち主で、この作者は右脳と左脳の働きが両方フル回転していて希有(けう)な才能です。「私たちにとって大切なのは、自分を証明する名刺ではなく、誰かに証明する必要のない自分自身になること」「必要以上に人目を意識するのは、心に監視カメラを設置するようなもの」など、格言だらけの本書。人生の意味を追求し、世の人を励まし、個人の社会参加を促す作者の使命感と意識の高さに感じ入りました。近い業種の者としては反省せずにはいられません。

 真摯(しんし)に物事を捉えているのは、韓国の厳しい状況も影響しているのでしょう。インターネット上にはびこる「罵倒語」、「人間関係は競争」という教え、「社会階層の固定化の問題」「腐敗した政治」「集団主義社会」の面倒くささ、「最高の自殺率と最低の出生率」「地獄にいるのかと思うほど不幸」……韓国社会の闇が行間から漂い、日本よりも大変そうな状況に驚かされます。しかし作者は「人生の目的が幸福にあるという考え自体が大きな錯覚」だと力強く書いています。辛(つら)い状況こそ、精神的な成熟を促すものだということは、この本が何より証明しています。心して格言の数々を受け止めます。

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 ワニブックス・1404円=10刷20万部。3月刊行。著者はイラストレーター・作家。韓国発のベストセラー『82年生まれ、キム・ジヨン』との相乗効果で共感を得ているようだ。=朝日新聞2019年8月31日掲載