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日韓関係は「反」「親」より「知」こそ重要 小倉紀蔵・京都大学教授

日韓両政府後援の「日韓交流おまつり」の開会式で歌う日本人学校の子供たち=1日、ソウル

 漱石の『三四郎』ではないが、「日本は亡(ほろ)びるね」といいたくなる。ある週刊誌が品のない嫌韓特集をしたらしい。それをテレビのワイドショーが批判する。しかしその番組も韓国政界の重要人物を「タマネギ男」といって笑いものにしているのだ。テレビの床屋談議を何時間聴いても、韓国の深層はわからない。床屋談議だとわかってやっているならまだましだが、そこに安っぽい正義感が加わると危険だ。

 戦前の日本が中国との泥沼の戦争に突入した背景に、大衆の差別意識と正義感があったことを忘れてはならない。日本では20年前から、北朝鮮に対する揶揄(やゆ)と蔑視に満ちた床屋談議をテレビが連日繰り返し、北朝鮮がいまにも崩壊するかのような幻想を国民に与えた。そのあいだに北朝鮮は軍事力と外交力を高めていまに至ったことを、この国のマスメディアは忘却してしまったのか。

深層から洞察を

 ここはいちど冷静になって、日韓を深層レベルで理解する必要がある。そのためには、「洞察」が必要なのである。たとえば公共哲学の理論家である韓国の金泰昌(キムテチャン)氏は、「いま韓国では、反日なら愛国、親日は売国といわれる。しかしわたくしは、知日こそ愛国だといいたい」という。洞察である。「反」や「親」よりもまず、「知」が重要なのだ。それでなければ根源的な批判もできない。

 ここでは、日本論・韓国論・日韓関係論の三つに関して、洞察に溢(あふ)れた本を紹介する。

 まず日本論。韓国の李御寧(イーオリョン)による『「縮み」志向の日本人』が白眉(はくび)である。日本文化を貫通する「小さく縮めること」への偏愛と情熱を、流麗な筆致で分析しつくした本。日本には、「込める」「折畳(おりたた)む・握る・寄せる」「取る・削る」「詰める」「構える」「凝(こご)らせる」という六つの型ですべてを縮める文化があるという。外国人の書いた日本文化論の最高傑作だと思う。なぜ「韓国人による日本論」が重要なのか。西洋と日本、中国と日本の比較では、日本のことはわからない。韓国という媒介項を入れることによって、自他の像がくっきりと浮かび上がるのである。

反省土台に未来

 次は韓国論。ロー・ダニエルによって書かれた『「地政心理」で語る半島と列島』が、近年のもっともすぐれた韓国論だ。手続き主義・機能主義が支配的である日本と、「こうあるべきだ」という当為主義が支配的な韓国の違い。規範・権威・欲望などへの態度が日韓でこれほどくっきりと違うのか、と読者は驚くだろう。この違いによって、政治・文化・社会だけでなく領土問題や歴史問題も明晰(めいせき)に分析している。政策立案にも役立つような内容だ。

 日韓関係に関しては、大沼保昭の『「歴史認識」とは何か』がおすすめである。江川紹子との対談の形式だから読みやすい。大沼は現場でたたかう東京大学法学部教授だった。20代で反入管闘争に没頭する。30代から戦後責任問題、サハリン残留朝鮮人問題、在日コリアンの人権問題(特に出入国管理行政)、そして慰安婦問題(アジア女性基金)に取り組む。こう書くと左翼のようだが、そうではない。人間は完璧ではない、不完全な存在であるという意識から歴史を考えよ、という彼の姿勢は、リベラルと保守を包摂する。

 左翼と保守にきれいに分かれてしまっている歴史認識において、わたしは、大沼と若宮啓文(元朝日新聞主筆)こそ、日本の「真ん中の軸」であると信じて疑わない(だがふたりとも故人になってしまった)。それは「反省を土台にするが批判もし、未来をともにつくる」という、まったくど真ん中の軸なのである。この軸の重要性は、いくら強調してもしきれない。=朝日新聞2019年9月14日掲載