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「やがて満ちてくる光の」書評 生活のヒトコマにきらめく叡智

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月21日
やがて満ちてくる光の 著者:梨木香歩 出版社:新潮社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784104299126
発売⽇: 2019/07/29
サイズ: 20cm/317p

やがて満ちてくる光の [著]梨木香歩

 著者の本を手に取るたびに、彼女のように生きたいと思う。地に足をつけて、澄んだ眸(ひとみ)と穏やかな心で物事を見つめ、ブレず媚びず迎合せず、自分を大切にしながらも声高に主張をしない。自然に溶け込むように日々淡々と生きる……。
 俗人の私には無理か。だったらせめて彼女のような友人がほしい。堅実で洞察力に富み、側にいるだけで安心できる極上の友……かくして、私は彼女の本を読むことになる。
 本書は単行本未収録のエッセーを集めたものだ。『ぐるりのこと』や『渡りの足跡』と同様、身近な生活のヒトコマから紡いだ随想が静かな筆致で語られる。そしてときおり叡智がきらめく。「『必要』と『創造』の間には、なにか神秘的な通路があるかのようだ。(略)創ることは生きること。」「魂にとって本当にプラクティカルなものを書きたいと思っています。現実的な事とか、身近なごちゃごちゃしたこととか、結局そういうもので人間は成り立っているんだと思う」「個人を志向しながら、最終的には群れに収斂していく。それは、最初から個人というものをもたずに盲目的に群れの一員になろうとしていくこととは大きな違いがある。」
 本書にはエストニアの森の話が出てくるが、私はいずれの著者の本にも欧州の香りを感じる。英国留学時代の経験が血となり肉となっているのか、草花を育て衣食住に工夫を凝らしシンプルな日常を楽しむ――心豊かな暮らしの匂いだ。
 それにしても不思議。私の愛読書『家守綺譚(いえもりきたん)』も、近著の『椿宿の辺りに』も土地や家の歴史が古事記や神話に結びつく極めて日本的な物語である。なのに、なぜか海外の小説を読んでいるような錯覚にとらわれる。著者の心の眼が国境を越え、いや、端からそんなもののない、深く根源的な人の生を見据えようとしているからか。日本にも彼女のような作家がいること、それが私は誇らしい。
    ◇
なしき・かほ 1959年生まれ。作家。『西の魔女が死んだ』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『海うそ』など。