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「へぼ侍」書評 時流に乗り損ねた人へのエール

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月28日
へぼ侍 著者:坂上 泉 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163910529
発売⽇: 2019/07/09
サイズ: 19cm/326p

へぼ侍 [著]坂上泉

 志方錬一郎は大阪府士族。父は大坂東町奉行所与力だったが、鳥羽伏見の戦いで命を落とし、志方家は没落、錬一郎は幼い頃より薬問屋に丁稚奉公に出された。かつて父が営んでいた剣術道場「士錬館」を再興しようと、商売の傍ら剣術の腕を磨くが空回り。「へぼ侍」とからかわれていた。
 そこに西南戦争が勃発し、西郷軍に苦戦する新政府は士族を「壮兵」として徴募するに至った。剣術で武功を立てれば官軍に仕官がかない、士錬館も再興できる。そう考えた17歳の錬一郎少年は、軍歴もないのに裏技で大阪鎮台に潜り込んだ。ところが錬一郎が配属された部隊は、およそ士族らしからぬ、くせ者揃いの集団だった……。
 この小説は、言ってしまえば少年の自分探しの話である。戦場にロマンを求める錬一郎の足取りは軽く、行軍には旅の楽しさもある。だがやがて、錬一郎は殺し殺される現実をつきつけられ、戦禍に苦しむ民衆を目にして自分の進むべき道を考え始める。
 オーソドックスな成長物語ではあるが、主人公の錬一郎や脇役たちの人物造形が魅力的で、テンポの良い展開と相俟(あいま)って、物語に引き込まれる。実在の人物との絡ませ方も巧妙だ。
 さて、以下は私の勝手な解釈で、作者の意図とは違うかもしれない。本作は、様々な事情で意に沿わぬ仕事についている現代の勤労者へのエールではなかろうか。
 錬一郎と彼の戦友たちは時流に乗り損ね、明治の世をサムライらしく誇り高く生きることができなかった。薬問屋の錬一郎、小料理屋の沢良木、銀行員の三木、傭兵稼業の松岡。だが戦場で彼らを救ったのは、武士としての誇りではなく、これまで培ってきた技術と知恵だった。
 評者も現職につくまで、研究と直接関係ないアルバイトをやっていた。不満を感じたこともあったが、その経験も役に立っている。がんばれ、現代のへぼ侍!
    ◇
 さかがみ・いずみ 1990年生まれ。松本清張賞を受賞した「明治大阪へぼ侍」を改題した本作でデビュー。