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辛島デイヴィッドさんが薦める新刊文庫3冊 世界をとらえる様々な「語り」

辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!

  1. 『求愛』瀬戸内寂聴著 集英社文庫 550円
  2. 『影裏(えいり)』 沼田真佑著 文春文庫 605円
  3. 『子午線を求めて』堀江敏幸著 講談社文芸文庫 1925円

 (1)は齢(よわい)97歳の著者による小説集。恋愛にまつわる30の掌編はどれも数ページと短く、文体も軽やかだが、一編読み終える度に本を置いて深呼吸したくなる。幼い子どもから90代の女性まで、死の影を常に感じながら生きる登場人物たちは貪欲(どんよく)に愛を求める。手紙、電話、メール、ラインなど、多様な語りのツールが駆使され、物語もバラエティー豊かだが、大長編を読み終えたような読後感がある。

 (2)は文学界新人賞と芥川賞をダブル受賞した表題作の他2編を含む。(1)の掌編の何編かと同様に、日常の背後に潜む「災害」を扱う表題作は、優美な文体で静かに立ち上がり、物語の中心にある謎を徐々に明かしながら、意外なラストへと向かう。語り手が最後に「ラスボス」のようにたどり着く「父」の描かれ方については印象が分かれるようだが、個人的にはその不気味さに一種のリアリティーを感じた。「廃屋の眺め」「陶片」の2編では、家族、格差、セクシュアルマイノリティーなどのテーマがさらに掘り下げられている。

 (3)は「自作に関しては可能なかぎり分類を曖昧(あいまい)にしておきたい」という著者による初期散文集。90年代に「注文」を受けて書かれた文章群は、その趣旨もスタイルも様々だが、作家堀江敏幸の原点を明かす。フランス近現代文学の作品が多く紹介されるが、作品を読んでいなくても楽しめるのは、その独自な文体と視点と世界観のため。活字を目で追う幸福を改めて実感させられる読書体験。=朝日新聞2019年10月19日掲載