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福永信さん、大阪・本町の「toi books」に連れてって

写真・文:平野愛

本町駅前。福永信さん、こんにちは!

 秋の風をほんのり感じはじめた大阪。午後1時。小説家の福永信さんが電車を乗り継いで、京都からやってきてくださった。

 福永さんが『アクロバット前夜』という作品集を刊行された2001年。私は京都の北白川で芸大生だった。福永さんの作品のことは話せば一日くらいかかりそうなので、一言でまとめさせて頂くと、本の世界の見方をガバっと変えてくださるような存在。衝撃的だった。そんな福永さんと、今日はどんな風に巡るんだろうか。と、ドキドキしながら駅前の交差点でお待ちした。

 「こんにちは。今日は寄り道せずに、toi booksさんに直行して、お店の細部をいっぱい散策しましょう。」

 と、到着や否や早々に福永さんからのご提案。考えてもみなかった!なるほど、そうしましょう!

 人、人、人の心斎橋筋商店街の入り口をチラッと横目に通過。そして数十秒で、「toi books」の入るビル前に到着。立ち並ぶ看板。その中から“本屋”という文字を見つける。

5坪の店内散策

 階段も廊下も趣のある内装。調べてみると、ここはかつて繊維共同販売所ビルとして栄えた場所だそう。2階の一角に本棚らしきものが見えてきた。店内に一足先に入られた福永さんを追いかけて行く。

 「あ!しっかりありますね。」と福永さん。
 「前科がない限り、普通に取れるみたいです。」と、店主の磯上竜也さんが微笑んでいる姿が見えた。

 何のお話かと思ったら、レジの後ろの本棚に埋もれるように置かれた「書籍商」プレートのことだった。

 店主の磯上さんは、2018年に惜しまれながら閉店した書店「心斎橋アセンス」の文芸担当者だった。棚作りからイベント、閉店ギリギリまで試行錯誤を続けてこられた。それから約半年後の2019年4月に、ここ「toi books」をオープンされた。

 福永さん「toi booksという屋号。いいですね。おもちゃの“トイ”から子供部屋みたいにも聞こえるしね。どんな意味で付けたんですか?」

 磯上さん「"問い”を与えるような本屋を目指したくて付けたんですが、フランス語で“あなた”という意味の“トワ”だったり、ドイツ語で “トイトイトイ”というおまじないだったり、後からいろんな人に意味を加えて頂いてるんです。面白いですよね。」

 福永さん「今もらった名刺と栞。ロゴデザインも素敵。このぎっしりの文字は何?」

 磯上さん「このしおりは片側がショップ案内になっていて“しおりっぷカード”って名付けました。ぎっしり詰め込んだ文字は、自分の好きな本のタイトルと作家名、それに対する感想を綴っています。何か少しでも手に取った方のきっかけになればと。とことん本屋頭脳ですね。デザインはロゴも含めて自分でしています。ワードで。(笑)」

 福永さん「えー!すごいね。(笑)」

 お二人の会話は本棚へ。

 福永さん「この古本の棚。一つ一つの区切りが小さめで、安心する“ひとりサイズ”だよね。」

 磯上さん「あえてこのサイズを選びました。それから、棚ごとのキーワード。これはアセンスにいた頃からトライしていたもので。本への入り口をより狭く、より尖った形にしています。」

 福永さん「椅子の上に本が座っているね。」

 磯上さん「イベント用の椅子です。普段はこうして棚としても使っています。イベントの時に20脚ほど並べると著者との距離が近くて、同じ目線で語り合えるような密度になります。」

 福永さんの散策は、より細部に進んでいく。

 福永さん「ねぇねぇ、よく見るとカーテンにもtoi booksって印刷されてる。細かいね。背の高い方はフェア棚かな。」

 磯上さん「カーテン、よく見つけてくださいました。これもワードで作りました。(笑)フェア棚の方は一ヶ月おきくらいに入れ替えています。なるべく時流に合わせていくことも、本屋の務めだと考えています。」

 福永さん「びっくりしたのが、古本と新刊が混在しているのに同居してること。その同居ぶりが、すごく上品でシンプルで。でも物足りなくもない。よーく見ると雑多だし。だから滞在時間が長くなるんだろうね。近くで見たり、離れて見たり。お客さんが発見しに来てる感じがしたよね。」

 各所にアート作品も飾られている。それらもやっぱり本に繋がっていて、一つずつそこに置かれている意味があるんだなぁ。店内を何周も行ったり来たりして、福永さんとの散策は一旦ここで小休止。

 ここからは磯上さんが今おすすめという2冊と、福永さんの著書を巡っていこう。

 磯上さん「エトガル・ケレット大好きなんですよ。こちらは最新の『銀河の果ての落とし穴』です。とても短い作品集。他にない起点や設定からはじまりつつ、人間の弱いところや存在をあたたかく肯定するような形で書かれていて、今読むべきものとして挙げていきたいと思っています。作家自身の出自でもあるホロコーストのことも書かれていて、重たいバックグラウンドでありながらも、ユーモアが駆使されている。読みごこちも良いんです。」

 熱く丁寧に語ってくださる磯上さんの言葉を聞きながら、わたしは表紙の絵をずっと見ていた。宇宙服に映るのは、地球だろうか。土星だろうか。人そのものが惑星なんだろうか。と、とても惹きこまれた。

 磯上さん「もう一つおすすめしたいのは『よい移民』です。イギリスのクリエイター21人の体験談を集めている本です。“移民”について、これからの日本でもしっかり考えていかないといけない問題だと思うんです。世界を見れば、移民はたくさんいて、当事者側からの言葉を知って行くことがこの問題を考えて行く上で大事なんじゃないかと。

 日本は島国で、外から来るものに反射的に弾いてしまうメンタルを知らず知らずのうちに持ってしまっていると思うんですね。これから先、きちんと考えていきたいなと思った時に、この本はすごく学びがある。ここには21人の体験談が書かれていますが、22人目以降のより多くの人のことを考えるきっかけになればと思います。」

 移民。ハッとさせられた。確かになんだか遥か遠くの出来事のように感じていた。磯上さんの言葉はどれもが自分ごとで、それがとても分かりやすくて、ありがたかった。

 福永さんの5年ぶりの作品集『実在の娘達』は、京都のデザイナー・仲村健太郎さんと一緒に作られた。収録作品ごとに写植・活版・DTPと3種類の方法を用いて印刷している点が驚異的。ズレたり、スレたり、大変な製作だったに違いない。

 福永さん「そりゃもう、大変でしたよ。印刷所の皆さんが。(笑)やり直した部分もありました。ほとんどこれは仲村さんの仕事です。出版元も彼ですし。僕がやったのは収録作を書いたことと(当たり前だけど)、あと中身のレイアウトを考えたことですね。文字の位置を決めるんですが、それは同時に余白を作ることでもある。そこが面白かった。

 もう一つの近作は、15組の絵本作家が描く絵本の原画展の図録。『絵本原画ニャー! 猫が歩く絵本の世界』というタイトルのとおり、猫が出てくる絵本の原画展です。展覧会にもかかわったんですが、図録では構成と執筆を担当しました。図録というのは最近は一般の本屋さんでも扱ってるけど、たいてい美術館のショップで買いますよね。展覧会を見たあとに、テンションの高くなった状態で、本を買う、そういう関係がいいなあと思ってるんです。

 それから『しんじゅのこ』という本をKIGIの渡邉良重さんと作ってます。この記事が出る頃にはもう発売してるかな。滋賀県のびわ湖で作られている真珠を取材した絵本です。取材といっても、難しくなくて言葉はちょっとだけ。絵本だからね。特装版ではほんとにびわ湖真珠をひと粒、入れるんですよ。そのパッケージもステキで渡邉さんの本領発揮ですね。ぜひ本屋さんで“発見”してほしいですね。」

 最後にお二人はこんな会話をされていた。

 福永さん「半年前と今で、自分の中で変わったことってある?」

 磯上さん「どうですかね。少し慣れてきたところはあるし、次はこうしてみようというような余裕がでてきたかもしれませんね。新しいものばかりを追いかけても良くないし、そのバランスが難しいですね。1-2年前に出た本でも、同じように並べて売れる環境を作って行けるようにするのが一番理想です。それがアセンスでは難しかったことなので、今はそれを考えてる段階ですね。」

 本という“モノ”が置かれる環境を、考えて考えて進んでいるお二人。会話を聞いていると、まるで文芸部の部室で先輩後輩の会話にお邪魔している新入生のような気持ちになった。あっという間の2時間。店内30周くらいしただろうか。5坪の中の大散策だった。

 またいつの日か、私を本屋に連れてって。