1. HOME
  2. インタビュー
  3. 食いしんぼん
  4. #23 不滅の魂を込めたバルカンスナック 鏑木蓮さん「P・O・S」

#23 不滅の魂を込めたバルカンスナック 鏑木蓮さん「P・O・S」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
 「試作品、食べてみてください」昌司が試作品の箱を二つ開き、毛利と霧島に渡す。毛利はコイン型のスナックを一枚手に取り、箱を瑞絵へ差し出した。「旨い、旨いですよ、これ」毛利が歓声を上げ、鵜飼に訊く。「お前も食うか」「後でいただくよ」「そうか。いけるぞ。これで健康にもいいなら、買うよ。お前のサインも欲しいからな」(『P・O・S キャメルマート京洛病院店の四季』より)

 グリコのキャラメルにビックリマンチョコなど、子供の頃、一度は「おまけ付きお菓子」を買ったことがある人も多いのではないでしょうか。今回ご紹介する作品には、余命宣告を受けた「ヒーロー」の、熱い魂がこもったメッセージカード付きのスナック菓子が登場します。

 京都の病院内にあるコンビニ「キャメルマート」の店長として単身赴任した小山田は、POS(販売時点情報管理)データを駆使し、売上向上に努めます。このコンビニの常連客は、入院患者か病院関係者が大半。小山田はそんな人々に寄り添い、イベントや新商品の開発に奔走します。著者の鏑木蓮さんに、おまけ付きのお菓子の思い出や、作中に登場する「バルカンスナック」に込めた思いなどを伺いました。

病院は昔から身近な場所だった

——私も長期間入院した経験があるので、病院内の売店でお医者さんや看護師さんたちが栄養ドリンクやカップ麺を買う姿や、秋の味覚フェアなどのイベントをやっていたことよくを覚えています。外の世界とは隔離されたような場所にいても、季節や社会を感じていたなと思い出しましたが、鏑木さんは何か病院に思い出はありますか?

 僕にとって病院は昔から身近な存在でした。僕自身、小学校に上がる前に2回ほど入院した経験があります。小学生になってからは、持病のある母が入院した際によく付き添っていました。母の死に怯えている中で見た院内の風景が、今もふとした拍子に蘇ってくることがあります。母は不安でいっぱいの顔をしている僕を気遣い「売店にでも行っておいで」とお小遣いをくれたんです。院内の小さな売店に行くと、決まってお菓子の棚を見ていました。その中でひときわ光彩を放って見えたのが「サクマ式ドロップス」でした。缶に描かれた色とりどりのドロップの絵を目にすると、何だかホッとしたのを覚えています。

——鏑木さんが入院されていた時の「食」の思い出を教えてください。

 僕が5歳くらいの時のことなので、自分の味覚も発達途上だったことを前提で言わせてもらえば、病院食はとても不味かった。と言うより、その頃は食が細くて、それが原因で入院したところがあるので、ほとんど食べられなかったというのが正確です。味が薄いのを通り越して、無味に近い。医師からは禁止されていたんですが、お見舞いで頂いた普段はあまり食べられない缶詰のパイナップルやミカン、売店で買ったグリコのキャラメルやアーモンドチョコを食べていた気がします。病院の食事は、味もそうですが、プラスチックの食器にスプーンが擦れる音が、なんとも悲しく食欲がわかなかったんでしょう。家でも拒食のような状態だったのですが、六日ほどの入院で、いかに母の手料理が美味しかったかを、幼いながらも思い知りました。

——そんなご自身の幼いころの体験もあって、本作の舞台に「病院内のコンビニ」を選ばれたのでしょうか?

 ちょうど新作小説の構想を練っていた時、知人のお見舞いで総合病院を訪れる機会があったんですが、院内施設が大きく様変わりしているのに驚きました。カフェや24時間営業のコンビニが入っていたので、覗いてみたんです。すると、医師や看護師、病院スタッフに混じって、患者さんとご家族が思い思いのコーナーにいらっしゃいました。ドリンク剤を手にする若い医師、かわいい食玩に目を輝かせるジャージ姿の女の子、おにぎりを物色する看護師、みんな一様にリラックスしていい顔になっていたんです。それぞれが色々な荷物を背負っている病院という器の中で、一瞬でも肩の荷を下ろせる場所があるんだと感じ、患者のニーズに応えようと奮闘する、本作の主人公・小山田店長の姿が浮かんできました。

——「キャメルマート京洛病院店」では、「やること手帳」や「高級ネコ缶」など、患者さんとのコミュニケーションからうまれた独自の商品があります。中でも、メッセージカード付きの「バルカンスナック」は、余命一ヶ月と言われて転院してきた、かつての「炎の仮面戦士バルカン」俳優、鵜飼さんの「病に負けない」というヒーローらしい、強くて熱い想いから誕生したお菓子ですね。

 「炎の仮面戦士バルカン」役の大宮司直也こと鵜飼忠士のモデルは、今年の6月に亡くなった俳優の石田信之さんです。小説に出てくるバルカンは等身大で、宇宙刑事シリーズに近いのですが、石田さんが演じておられた「ミラーマン」は、変身すると40mほどになる巨大なヒーローで、僕も大好きでした。石田さんは、ガンが見つかり余命宣告されても、かつての少年・少女の夢を壊さないように一切弱音を吐かず、ヒーロー像を守り続け、気丈に振る舞われていました。直接お目にかかったことはないのですが、ファンとしてその姿を垣間見ていたので、全快を祈りつつ本作を書きました。

 近年は、勧善懲悪を小馬鹿にする人が増えたのか、または真面目に正義を貫くことがかっこ悪いと思う作り手が多いのか、そんな内容のドラマが少なくなっていると感じていました。だけど僕は、子供の頃のある時期には、愚直に正義を生きるヒーローの存在が必要なのではないかと思うんです。

——「ヘルシー一手間弁当」には型抜きした海苔が、小麦粉と大豆粉の混合粉に、ニンジンとほうれん草、乳酸菌を配合して作った「バルカンスナック」にはメッセージが書かれたカードが、それぞれ4種類入っています。私は「一手間弁当」に入っている「君はもうよく頑張った」というメッセージを読んだ時、思わず涙が溢れました。

 「バルカンスナック」自体のモデルは、言うまでもなく、一世を風靡した「仮面ライダースナック」です。カードに書いてあるメッセージは、決して死なないヒーロー・石田さんへの僕からのエールだったんです。それと同時に、今病気や経済苦にあえいでいる方を励ませられる作品になればという思いを込めて書きました。

——鏑木さんは「おまけ付き(入り)のお菓子」に何か思い出はありますか?

 古い話になってしまいますが「マーブルチョコレート」に入っていたアトムシールには思い出がありますね。パッケージは紙で作った筒状で、賞状ケースのミニチュア版みたいなものでした。そして、蓋を開けると「ポンッ」と音が出るんですよ。中に入っている、7色の糖衣のチョコを食べる前に、指を入れてシールを取り出すんです。鉄腕アトムやウランちゃんなら喜び、なぜかお茶の水博士だと「はずれた」と落胆していました(笑)。