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SF作家・眉村卓さんを悼む 組織に迎合しないインサイダー 稲葉振一郎さん寄稿

眉村卓(まゆむら・たく)さん。11月3日、85歳で死去=2013年撮影

 眉村卓さんが亡くなった。大阪に根を張った、いわゆる日本SF第一世代に属する作家であり、50代前後の方ならば、何度も映像化された『なぞの転校生』『ねらわれた学園』などのジュブナイルSFの大家としても記憶されていることだろう。

 やはりSF第一世代の故星新一氏と並ぶショートショートの名手としても知られ、ことに闘病中の奥様を励ますために一日一編のペースで書きつがれた連作をめぐる『妻に捧げた1778話』は、やはり映画化されて我々の記憶に新しい。

 ただ、ここで紹介したいのは「インサイダー文学」の書き手としての眉村氏のことだ。勤め人経験のあるSF作家はもちろん眉村氏だけではない。しかしながら芸術家、職人たる作家は、現代社会のメインストリームからは外れたアウトサイダーであるし、またそうあるべきだ――そのような自意識をもって仕事をする作家が、SF界を含めて大多数(メインストリーム)であった中で、1960年代の若き眉村氏は「インサイダー文学論」を唱え、組織化、官僚化する社会の中で、それを単に否定するのでもなく、また外から観察するのでもなく、その内側から描く文学というものがありうるし、あるべきだ、と主張した。その主張は同輩の作家たちには必ずしもよく理解されなかったが、眉村氏は自作をもってそれを実践した。

 非SF作品や軽めのファンタジーでも普通の勤め人を主人公とする作品をたくさんものした眉村氏だが、その本領たる本格SFにおいて、氏は一貫して巨大な官僚機構が支配する社会を描いていた。

 二つの大長編『消滅の光輪』『引き潮のとき』を含む宇宙未来史「司政官」シリーズは、銀河系内に植民した人類社会を舞台に、外惑星植民地における宇宙連邦の末端行政官として、巨大なピラミッドをなす連邦の官僚機構と、自生的、無政府的に発展する植民者人類たち、更には惑星先住者(つまり異星人)たちまで含めた現地社会のはざまで苦闘する「司政官」たちを描く。

 彼らは組織と個人、官と民、文官と軍、そして文明と土着、更には人類と異星人、といった様々な対立のただなかで、組織に倦(う)んで遁走(とんそう)するのではなく、かといって己の意志を殺して組織の歯車に徹するのでもなく、組織人、官僚であると同時に、一個人としての己の意志を通そうとする。

 つまり眉村氏は「インサイダーとは大勢順応のことではないのか、そんなところで文学は可能なのか?」という論難に対して「司政官」という実作で応えてみせたわけだ。

 インサイダーが単なるアウトサイダーの否定、裏返しに過ぎなければ、それは「アウトサイダー(を気取る作家仲間)のアウトサイダー」という単なるあまのじゃくにすぎない。そこに精神の自立はない。アウトサイダーを気取る作家のメインストリームに屈することなく、かといって組織にも大衆社会にも迎合しない、そのような困難な道を歩んだ作家が眉村氏であった。=朝日新聞2019年11月27日掲載