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「和田誠の世界」本でひもとく 創意工夫の仕事ぶり、迸る天才(矢崎泰久・元「話の特集」編集長)

和田誠さん=2000年、首藤幹夫氏撮影

 今でこそパロディーを知らぬ人はいないだろう。しかし、月刊誌「話の特集」を創刊した1965年ごろ、和田誠が毎月8ページ、パロディーを担当したいと言い出した時は、何のことやらさっぱりわからなかった。

 「とにかく、これ見てくれないか」と渡されたのは「殺しの手帖(てちょう)」という、花森安治さんが戦後間もなく作った雑誌「暮しの手帖」のパロディーだった。上品で多くの読者を獲得していたコンシューマーズ・マガジンを徹底的に裏返したものだ。小気味いい風刺だった。私は感心したが、毎月の連載は至難の業だろうと思った。

 それが杞憂(きゆう)だったことはすぐ明らかになる。「三角大福」なる自民党総裁争いの政治風刺、川端康成の名作「雪国」を庄司薫、野坂昭如、星新一、淀川長治らの文体模写で描くなどして読者を大いに喜ばせたのである。創刊から12年で『倫敦巴里』が完成した(その再編集版が『もう一度 倫敦巴里』)。パロディーの金字塔であった。時代背景は変わっても、作品の面白さは少しも色褪(あ)せてはいない。

映画の名セリフ

 「キネマ旬報」で「お楽しみはこれからだ」の連載が始まったのは1973年だ。「映画に出てきた名セリフ、名文句を記憶の中から掘り起こして、ついでに絵を描いていこう」と、和田さんは書いている。外国映画の場合、字幕スーパーの文字数が限られるので、セリフの陰に捨てられた言葉を復活させ、要約された部分を再現する。コアな映画ファンを楽しませた。

 キネマ旬報社は毎年、日本映画に作品賞や監督賞、主演男優・女優賞などを贈っていたが、「読者賞」は、誌上の連載から読者によって選ばれた。73年、第1回の読者賞は「お楽しみはこれからだ」だった。

 ところが、第2回は竹中労の「日本映画縦断」が、第3回と第4回は落合恵子さんと私の「シネマ・プラクティス」が読者賞を受賞してしまった。「読者に絶望した」と宣言して、和田さんは連載を打ち切った。落合さんと私は月に2回一緒に映画を観(み)て、勝手気儘(きまま)に批評し、どちらかが文章を書き、山藤章二さんがイラストレーションを担当した。この組み合わせにも和田さんは腹を立てたに違いない。子供っぽい一面もあった。

 当時の白井佳夫編集長が突然解任されたので、落合さんと私は抗議の執筆拒否をした。連載が中止されていた和田さんの『お楽しみはこれからだ』は再開され、以後、文芸春秋から全7冊が上梓(じょうし)されている。

 和田さんと二人で「自分たちが読みたい雑誌を作ろう」と言って始めた「話の特集」は、30年たった95年に廃刊となる。その後、「話の特集」のページが「週刊金曜日」の中に誕生したのは、好評だったいくつかの連載を打ち切るのが嫌で、4ページだけの引っ越しが許されたからだ。すでに二十数年続いているが、その間、和田さんはずっと協力してくれた。

片っ端から読む

 なかでも、百回連載した「ほんの数行」は、「お楽しみはこれからだ」の書籍バージョンだ。「編集者はあらゆる本を読むべし」というのが和田さんと私の覚悟だったから、片っ端から本を読んだ。競走のように読みあさったので、読書量は膨大だと思う。『ほんの数行』はその集大成のような本になった。「自分が装丁した本に絞ることにした」と和田さんは書くが、文学書やエッセーに限らず、あらゆるジャンルの本から「数行」を選び、読書の醍醐(だいご)味を余すところなく記している。

 和田誠の著書は二百冊を超える。どれも創意工夫があり、読者を満足させ、多岐に及んでいる。わが家の本棚にあるどの本を開いても、天才ぶりが迸(ほとばし)る。=朝日新聞2019年12月7日掲