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「へそ曲がり」「めんどくさがり」にぴったり、それが俳句 俳人・夏井いつきさん@福岡女学院高校

文・中津海麻子 写真・御堂義乗

 「本当に来るのかな?」「ドキドキする!」
 視聴覚室に続々とやって来る福岡女学院高校の1年生たちは、そわそわ。待ち焦がれていた人――俳人の夏井いつきさんが登場すると、教室には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
 「句会ライブ」は、夏井さんが全国で開催し、小さな子どもからお年寄りまで参加者全員が一句詠む、いわば「俳句ゲーム大会」だ。

 「まず私から俳句の作り方をお伝えします。それに基づいて実際に全員が一句作る。最後にはみんなの投票でチャンピオンを決める。それが句会ライブです。よろしいか?」
 さらに間髪入れず夏井さんの鋭い言葉が飛ぶ。
 「今日は午後から授業がなくて楽だなぁ、なんてのんびりしている後ろの先生たち。あなた方も作るんです。この会場にいるすべての人が参加する。それが句会ライブの鉄の掟!」
 テレビ番組でおなじみのキレのよい言葉でビシビシくる夏井さんに、生徒たちはワクワク顔、先生たちは「自分たちもやるの?」と少し戸惑った様子。そんなのはおかまいなしに、夏井さんの話は進む。

 「では、まずは俳句のもっとも簡単な作り方を説明します。私のいう通りにやれば、『プレバト‼』で60点以上の凡人の句は必ず作れます」ときっぱり。そして、こう問いかける。「俳句にはたった二つの約束事しかありません。何と何?」
 生徒たちは
 「季語」「五七五」と即答。
 「そうですね。ただ、確かに五七五ピッタリだと、どっしりしたり優美な調べになったりするんだけど、初心者は1音多い少ないは気にしなくてよろしい。近い音数でつぶやくところから始めます」と夏井さん。季語も二つ三つと入れる上級テクニックはあるが、「まずは一句一季語からコツコツ練習する」。

夏井いつきさんから配られた季語のリストに見入る生徒たち

 五七五、全部を足すと17音。「17音のうち5音ぐらいは季語で取られてしまう。つまり、自分の脳みそを使わなければいけないのはたった12音ほど。俳句は、考えるのやだなぁ、めんどくさいなぁという人には実はぴったりの文学なんです」。夏井さんはその12音を「俳句のタネ」と呼び、季語と俳句のタネを組み合わせると俳句は自動的にできると解説。
 「コツはたった一つ。まず最初に俳句のタネを考え、それから5音の季語を探すこと。それだけです。じゃあ、早速句を作ってもらってもいい?」

 「え? いきなり?」と生徒たち。「自信ないのか。じゃあ一番自信がなさそうな人を捕まえよう」と言いながら、夏井さんは教室の後ろへスタスタと移動。ターゲットになったのは数学の和田先生だ。人気のようで、生徒たちは爆笑! 夏井さんは「先生は俳句のことは一切考えなくていいです。私の質問にだけ答えてください。そうだなぁ……今日のお昼は何を食べた?」。
 和田先生「唐揚げのランチを食べました」
 夏井さん「『唐揚げの』で5音、『ランチを食べた』で7音、合計12音。はい、もう俳句のタネが出ました。ただ、これだけだとただの和田先生のつぶやきにすぎない。どうしたら俳句になる?」
 会場のあちこちから「季語!」と声が上がる。
 「その通り。今日みたいに春のようにうららかな秋の日のことを表現する『秋うらら』とう季語を使ってみるぞ。
 『唐揚げのランチを食べた秋うらら』」
 「すごーい」「俳句になってる!」と驚く生徒たち。

俳句づくりのコツを生徒たちに伝授する夏井いつきさん

 「和田先生が『うまかったなぁ』と満足した感じが伝わってくるでしょ?」と夏井さんはニッコリ。これを、季語を冬がひたひたと近づいて来る様を表現する「そぞろ寒(さむ)」にするとまずかったのかなと感じ、切なさなどを表す「いわし雲」を選べばうまくもまずくもない微妙な味だったのかもと読み取れる、と解説。「どの季語を組み合わせるかで、同じ俳句のタネが全然違う風景に見えたりするんです」と夏井さん。こう続ける。
 「俳句のタネを作り、季語を選ぶ。この順番さえ守れば『凡人』の句は詠めます。では『才能あり』になるにはどうするか? 人が思いつかないようなオリジナリティーのある俳句のタネをつぶやく。『変わってる、へそ曲がりだ』などと言われている人がいたとしたら、それは俳句を作る上ではとても大きな価値になるのです」

 ルールの説明が終わり、いよいよ俳句タイム。スクリーンに今回のテーマが映し出された。
 「OK」と「OK?」
 なになに?とざわつく生徒たちにこう告げる。
 「君らが生まれたときから今この瞬間まで、OK!うまくいった、ラッキー、という出来事を12文字でつぶやく。一方、『俺の、私の人生でOKだったことなんてないよ』なんていう後ろの大人たちは『OK?』な経験を」。夏井さんは一息ついてこう宣言した。
 「さぁ行くぞ。時間は5分。よーいスタート!」
 会場にいる全員が配られた紙に向かう。すぐに手を動かす人、思いをめぐらせて宙を見つめる人……。5分はあっという間に過ぎ、一斉に回収。夏井さんはそれをテーブルの上に並べ、一気に選んでいく。
 決勝に進出する7篇の句が出そろった。

 「いつまでも変わらぬ心春一番」
 「風薫る七〇〇〇グラムの重き命」
 「駐輪場ドミノ倒しで秋さびし」
 「秋の朝リボンをなでるバスの波」
 「ドレス着てチョコをぱくっと夏来る」
 「蝸牛くびを左右に雲はゆく」
 「数学のノートをとじる冬林檎」

夏井いつきさんが選んだ特選句

 「どれを1位にするかは君らが決める。どれが好き?」
 夏井さんの問いかけに、生徒たちから「駐輪場」「リボンのやつ」「7000グラム」と声が上がる。
 夏井さん「リボンの句はどこがいい?」
 生徒「バスが来て風が吹いて、それがリボンを撫でるのかな。青春ぽくていいなって」
 夏井さん「7000グラムの命ってなんだろう?」
 生徒「双子?」「人間じゃない何か生き物。クマの子どもとか」
 夏井さんは「なるほど! そういう見方もあるね」。そしてこう続ける。
 「俳句というのはここに書かれていることが全て。読み手はそこからいろんなことを想像し、読み解いてあげる。それが『俳句を読む』ということなのです」

 その後、全員投票で1位を決める。選ばれたのは80票以上を獲得した「駐輪場ドミノ倒しで秋さびし」。まずは1位以外の6句の作者を紹介する。夏井さんが「作者、お立ちください。どうぞ!」と声をかけると、それぞれの句を詠んだ生徒が立ち上がる。周りからは意外だというような「えー⁉」という声が上がったり、「さすが」と感心する拍手が起こったり。
 ちなみに、様々な臆測を呼んだ「7000グラム」について作者に問うと、「言いにくいんですが……700グラムの間違いです。小5のときに来た子犬が700グラムだったので」。夏井さんも思わず吹き出し「そうなの? 私はじめここにいる全員がキョトンとしているぞ」と笑いをこらえながらツッコみを入れていた。

 「最後に今日のチャンピオンです。どうぞ!」。1位に輝いた句の作者が立ち上がると今まで以上に大きな拍手が贈られた。その生徒が「駅の駐輪場で早く帰りたいなぁと思っていたら、勢い余って止めてあった自転車を全部倒しちゃって」と句の情景を説明すると、「自分がドミノ倒しの犯人だと赤裸々な告白をしてチャンピオンになった、という訳だ」と夏井さん。その「講評」に生徒たちは大爆笑。季語「秋さびし」について問うと「寂しかったから」。「このストレートさ! 才能あると思います」と称賛し、最後に全参加者に向けてこんなメッセージを贈った。
 「ぜひこれからも小さな『俳句のタネ』を見つけては句にしたためてくださいね」